July 27, 2008

驚きの週末テニス

何が驚いたかと言うと、1ヶ月ぶりに土曜テニスに現れたY木さんのお話。つい3日前の水曜、やっと成田に帰ってこれたのはいいけれど、そのまま都内の病院に救急車で入院。この病院のこれからかかる費用は別にして、成田に帰ってくるまでの費用がなんと2千万弱。

半分は保険で支払うことになったけれど、残りは現地でキャッシュで支払わないと帰してもらえない。これを振り込んで帰ってきたのですから、何をかいわんや。命の値段とはこう言うもんだと納得するしかありません。

しかしお金の問題だけではありません。フランスからスイスにとんできた医師と、日本側の受け入れ先の医師が、飛行機での移送に互いに合意しないと帰国の手続きができないため、3度も帰国が延期になったとのこと。

帰国してからが、また大変。都内の病院であらためて精密検査をしたら、新たな骨折箇所がみつかり、これから何週間か手術が続く。これもいたし方ありません。なんと50メーター以上の崖を米俵が転がるように落下したとのこと。命があっただけでもよしとしないといけない状況だったのですから。

みなさん、海外旅行、努々侮ることなかれ。

こんな凄い話を聞いた後のテニスは、普通であるわけありません。

結果は4-6、6-6と2セットしかできないし、なかなか勝負がつかない中で暑さで意識を保つのがやっと。

そういえば先週に引き続き、メンバー集めに一苦労、どころか二苦労、三つ苦労。レギュラーのO谷さんから木曜日になって参加できない旨の連絡があって、それから手配するも、みなさん夏休みモードでどうにもこうにも集まらない。

やっと日曜に、N津くんとウシオくんと言う野球チームのメンバーに応援を頼んで無事解決。いや実にすばらしい。

その日曜テニスにも、驚いた。

N津くんとウシオくんも、素人。そのウシオくんに、サービスエースを喰らうわ、リターンエースにいたっては2本。涙が出そう。

素人といえども、こちらも努々侮ることなかれ。

結果は6-2、3-6、5-3と2勝1敗なれど、やっと勝ち越したという気分。

いまひとつこのあとのアンジェロの生ビールに、精彩を欠いたのは言うまでもありません。 KAI

July 21, 2008

三連休はテニス三昧、温泉三昧、のはずが

このところやっと調子がでてきて、気持ちよく週末テニス。一方で、Y木夫妻の事故が大変な状況になっている。1千万は優にかかるベッドでの帰国の模様で、旅行保険は大丈夫か、とても心配。

この非常事態にレギュラーの夫妻の替わりの面子を急遽手配できるところが、年季の勝負。

土曜のピンチヒッターはネモトくん。ネモトくん相手に6-2、0-6、0-4と例のごとく先週より更に悪化、1ゲームも取れない。

しかしこれがいいんだよね。

中途半端な本気が一番よくない。こうして毎週真剣勝負。この結果は明らかです。間違いなくレベルが上がります。シミズくんの本気に感謝して、日曜。

猛暑の中の結果は、6-7、1-6、4-2とやっとこさの1勝。しかしこの第一試合のタイブレーク。ほんとにいいゲームだった。猛暑の中では、ベストテニスを期待するのは、端から無理。にもかかわらず、一進一退。とうとう6-6でタイブレークに突入。これも6-5でセットポイントまでにぎった。にもかかわらず逆転を許して6-8で、せり負け。

くやしいけれど、まことにいいゲームに、大満足。スポーツのよさとは、ここにある。結果は結果的にどうでもよい。

二日とも、アンジェロの生ビールで、昇天。

連休三日目。

予定ではオフィスで仕事のはずが、なぜか、今砧公園を目一杯汗をかきながら、走っている。雨で誰もいない公園に慣れた身には、山手線なみのラッシュアワーに、ビックリ。鬱蒼とした木立の中で、やっと正気を取り戻して、いつも通りアンジェロの生ビールでお仕舞い。

お仕舞いのはずが、なぜか温泉が呼んでいる、と気になって仕方がない。と言うことで、水着に着替えて露天の温泉にいつの間にかいる自分に、気づく。

しかしこれが大失敗だった。

とにもかくにも、温泉の中の気の乱れがはなはだしすぎて、サウナに入りなおす。原因はさっぱり想像できないけれど、尋常じゃないほど落ち着かない。温泉が温泉でなくなっているのは、一体何があったのでしょうか。 KAI

July 19, 2008

ソフトウェアが生き物であることが一番大事

初代NTT社長を務めた真藤恒は、やはりただものではなかった。

「事業の根幹である電子交換機が故障した時、自分たちの手で直せないのはおかしい。交換機用ソフトウエアの開発をコンピューターメーカーに丸投げしているからだ。石井君、どうだ。自分たちで直せるように、ソフトウエアを内製してみないか」
 日本電信電話公社(当時)の真藤恒総裁は私を呼びつけるや否や、こうまくし立てました。
(中略)よく聞いてみると、交換機の修理うんぬんはきっかけに過ぎず、真意は「これから社会のあらゆるところにコンピューターが浸透し、社会そのものが“ソフトウエアオリエンテッド”になる。その時に備え、高品質で高い信頼性を持つソフトウエアを開発する力をNTTの中に蓄えておきたい」ということだったのです。
(日経ビジネス、有訓無訓、ソフトウエアは生命線 利用者が内製し管理せよ、石井孝(いしいこう、元NTT常務通信ソフトウエア本部長)、2008/7/21、p.1)

真藤恒と言う人物の気を浴びることによって、石井孝もまた、ものごとの本質に目覚めることになります。

 ソフトウエアの内製化は取り組んでみると大変な難業でしたが、真藤氏の後押しもあって、丸5年後には交換機ソフトウエアを自力で開発し、直していける体制を築けました。悪戦苦闘を通じて体感したのは、「ソフトウエアは成長を続ける生き物であり、その成長をきちんと管理しなければならない」ということです。
 いったん開発を終え、ソフトウエアを使い始めると、次々に機能追加や修正作業が発生します。この作業を続けていくと便利になる一方で、ソフトウエアはいつの間にか増殖し、気がつくとソフトウエアがすべてを支配してしまい、それなしでは仕事ができない状態になってしまう。従って、秩序ある成長ができるように管理することが肝要です。最初の開発は手始めに過ぎず、使い出してからが本番なのです。

ソフトウェアを極めると、ソフトウェアの本質、すなわちソフトウェアは生き物であることが見えてきます。この話はここに何度も書いてきた、KAIにとって非常に重要なメインテーマです。

進化を止めたとき それは老化の始まりであるの中でも、こんなことを書いています。

分野は違うけれど同じことを、ITの世界でも元鉄道総研初代理事長尾関雅則が言ってます。

システムは、最初の使用開始から後でも、その機能に対する要求は質量ともに、絶えず、拡張変更を求められるのが、常です。裏返していえば、システムは周りの環境から影響を受けながら、絶えず成長してゆかなければならない、宿命をせおっているとも言えるのです。これは、まさにシステムの性格が、生物的である証左ではないでしょうか。
システムは生物のように成長するもの

人間の脳の創造物であるテーマパークシステムも、アプリケーションシステムも、すべて生き物である人間の相似形に過ぎません。

全然話が変わりますが、世の中、ブラックベリーとiPhoneをいちごとりんごの戦争と面白おかしく取り上げていますが、いくらドコモがブラックベリーを発売しても、行列どころか1台も売れないのは目に見えています。

この理由も、実はソフトウェアが生き物であることと深く関わっているのです。

結論を先に言ってしまえば、ブラックベリーはハードウェアであり、iPhoneはソフトウェアであるからです。

iPhoneの行列は、iPhoneと言うマシン買うために並んだのではありません。iPhoneと言うマシンで動くソフトウェアに可能性と言う不可思議な魅力を感じたからに他なりません。これはパソコンの黎明期とまったく同じであり、Windows95の発売時ともまったく同じであることを理解すべきです。

人々は、すでに電話と言うハードウェアに期待するものを持ち合わせてはいません。電話にワンセグがあるじゃないかといっても、それは所詮、電話と言うハードウェア。ブラックベリーがこのドグマから抜け出せていないのは明らかです。

対するiPhone。

ペットのコジマに行って、子犬を手に入れる。

これと同じ感覚であることに気づいて欲しい。買ってきた子犬とじゃれあう楽しみ。最高の時間です。

この子犬が成長するのと同じように、iPhoneも成長していく。iPhone対応のソフトウェアが次から次へと供給され、かつ、それぞれがインターネットを介して成長し始める。

たまごっち、なんてものがありましたよね。

iPhoneこそ究極のハイパーたまごっちなのです。お分かり? KAI

July 18, 2008

積み木落としである人の身体

最近ある人から、靴の下敷きに紙切れ一枚敷いただけで顎関節症が直った話を聞いて、あることにぴんときた。

昨年歯の治療のために、左奥歯を抜いたときに、歯医者が、抜いた奥歯の隣の歯を負担がかからないようにといって削った。確かに直接当たらなくなったのはいいけれど、以来大変なことになってしまった。それはその歯で噛んだ感覚が、まるでゴムを噛むかのように、隙間感覚があって、いかなる料理を食べても常に違和感が残るようになってしまったのです。

影響はこれだけではなかった。

毎朝の散歩です。

ウォーキングシューズの靴底の間に何かはさまったような感覚になって、1年中ゴムを敷いたような感覚から抜け出せなくなってしまったのです。自分の歯の感覚と、足底の感覚が直結している。思いもよりませんでした。

このことから怖ろしい事実に思い至るわけです。

人の感覚と言う心の仕組みが、すべからく具体的な、今目の前にある身体の微細な感覚と直結しているという事実です。まるで積み木落としの積み木のように、関節がある。不可思議としかいいようがありません。 KAI

July 15, 2008

空調の壊れたハイタイドとCHANGE最終回

見ましたよ、CHANGE最終回。正直、面白かった。

キムタク総理の、超ロングノーカットシーン。小泉劇場と揶揄されながらあの解散総選挙がなければ、いまごろ野党の憂き目に会っていたことをすっかり忘れてしまった自民党非主流派の、しかも拉致被害者は返すべきだったとか言う埒外なバカはおいておいて、あの解散演説を彷彿させました。

いつもはこの時間、ハイタイドのカウンターで熟睡^^熟考中であるのですが、本日はエアコン故障につき蒸し風呂状態。カウンターで寝るのもままならないと言うおかげが、これ。

所詮お話と言うなかれ。すでに現実が先行したのですから。

これもシンクロニシティかもしれない。CNETのエジケンのiPhoneという奇跡に対する反応がどうなるか、しばらく眺めていたけれど、これがきわめて面白い。

いまある意味世間の価値観を代弁していると思しきアルファベータブロガが、一様に拒否反応を示している。

KAIの立場はiPhone3G考(2)で表明したとおり、エジケンと表現力の差こそあれ、論旨に寸分たがわず違いはない。

政治と技術は一見180度反対の事象のようにみえて、実は同じ土俵にある。

それは有権者や消費者の支持を得られなければ、いずれも無価値、無力、とただちに断罪を免れないからです。

今、ケータイ国会において、iPhone3G解散総選挙をやれば、守旧派であるアルファベータブロガの惨敗が面白いように目に見えています。

さあどうします、1000万台の大台が見えてきましたよ。 KAI

July 13, 2008

運気の乱れを感じる週末テニス(2)

そろそろやばくなってきた。運気の乱れを感じる週末テニスでこんなことを書いた。

こう言う天災は、必ず人災を誘う。秋葉原の惨劇は、これからくるもっと甚大なる人災の予兆ではないか、そう言う気がしてならない。飛行機、新幹線といった大量輸送に厄気が流れないことを祈るばかりです。

これを書いた直後にフィリピンかどこかで400人以上のフェリーの事故が報じられたけれど、続報がまるでないのは、かなしいかぎり。国内もそろそろやばいと思う。特に飛行機は、しばらく事故がないだけに、関係者は今一度緊張感をもって職務にあたるべし。

と書いた週末、幸いなことにiPhone3Gで運気が一気に好転したようです。よかった!

暑さは、人を狂わせる。いい意味でもわるい意味でも。

忘れもしない、今から23年前の8月12日、日航機御巣鷹山墜落事故。犠牲者520名。凄まじい航空機事故であった。

事故は必ず起きる。人にできることは、この事故を未然に防止する手立てを講ずることにつきます。しかしこの事故を未然に防止することは、果たしてできたのでしょうか。想像する限り、悪魔の運命としか思えないように、誰一人未然に防止する手立てを講ずることは、秋葉原の被害者同様、まるで不可能ではなかったと思うしかありません。

事故に必然的な理由など、ありません。

とすれば犠牲者のことを考えれば考えるほど、運命と言う当たり前の運気の流れの中で、人は生きることしかないと言うことです。

まるでY木夫妻の事故とがからまって、週末テニスも混沌としてきた。

土曜こそコーチのネモトくん相手にはいつもどおりの3連敗の、6-3、0-6、1-6、1-3。(ネモトくんから2ゲームしかとれなかったのは、先週ネモトくんの上司のシミズくんにネモトくんの方が楽しいといったせいでもっと厳しくするようにといわれた結果だと、多分思います)

しかし日曜。連日の猛暑で7-6、3-6と2セット終わったところで、終了の14時まであと15分を残して、この日はゲームオーバー。

この途中でやめる節度こそ、運命に逆らう唯一の方法ではないかと思います。期せずしてかように悪魔の選択に身をゆだねることなく、いつもどおり、アンジェロの生ビールで昇天。 KAI

July 11, 2008

iPhone3G考(2)

やっと発売。

この熱気は、あの13年前世界中でカウントダウンで発売されたWindows95に引けを取らない。

昨日のエントリーコンピューティングの大潮流と間違いなくシンクロニシティ。

これはフォンではなくコンピューターであることに、いいかげん気づいて欲しい。

パソコンが何の役にたつかといわれながら世界中を席巻したあと、いまやっとパソコンの後継者が現れた。それはアイフォン。みなフォンを買い求めているのではないことに、いいかげん気づいて欲しい。もちろんスマートフォンでも、まったくありません。

いま表参道に並んだ人たちが求めているのは、間違いなく「モバイルコンピュータ」です。

そうむかし、行列を作って買い求めたパソコンとWindows95と寸分たがわず同じです。

行列を作っている人々は、誰もフォンを買うために並んではいません。みなコンピュータを買うために並んでいるのです。まったく新しいコンピュータ、モバイルコンピュータ。

ザ・モバイル、人々が求めているのは「モバイル」なのです。

これが理解できない業界関係者は、この記事を読むべし。 KAI

July 10, 2008

コンピューティングの大潮流

久しぶりに読み応えのあるレポートに出会った。これこそ熱いジャーナリスト魂に触れてしばらく興奮がやみませんでした。ITPROのさらば,ビル・ゲイツと言う記事です。

第1回:「ゲイツ後」の世界
第2回:OSが変わる
第3回:ソフトが変わる
第4回:コンピュータが変わる

実際に中身を読んでいただければ、世の中のコンピューティングの大きな流れはここにある通りであることがわかります。記事の中の豊富な現地取材と写真には圧倒的な迫力があります。

ゲーム作りにしろ、デザイナー志向にしろ、世の中のコンピューティングの現場にいるやつ、目指すやつ、みんなまとめてこのレポート、読め。 KAI

July 09, 2008

あれから1年

今日はリキの命日。あっと言う間だった。KAI自身にとって壮絶な1年だった。

こんなことはKAIの人生にとって未だかつてなかったし、これから先もありえないと思える程の一番変化のぶれが激しい1年だった。

なんでそうなったのか。昨日何年ぶりかでお会いした某No1通信ソフトメーカーのT橋社長に言われて、はたと気がついた。人の成長と同じように時間がかかるにもかかわらず、あまりにも「性急」すぎたことが原因でした。

そういえばリキとの散歩。行く先々で立ち止まって臭いをかぐリキと、時間がないと先を急ぐKAI。10年で熟成する酒を、5年どころか2年で熟成させようとした結果です。今朝は散歩しながらリキに申し訳ないことをしたと、涙が止まりませんでした。

そんなおり、心配な情報が入る。

スイス旅行中のY木夫妻。アルプスのトレッキングが今回の旅行の目的でしたが、そのトレッキング中に奥様がコースを踏み外し滑落、全身打撲、骨盤骨折でヘリコプターで緊急搬送されたとの連絡が入る。

別に誰が悪いと言うのではない。すでに還暦を迎えて山歩きが週課のダンナと違って、奥さんは毎週のテニスがあるとはいえ、山歩きは初めて。彼女にとって不幸は、ダンナについていこうと「性急」だったことだと思われます。

今週末の帰国はすでにかなわず、なんとか来週中に帰るので、よろしく。

ダンナからのメッセージでした。

なんと言うことか。KAIは決して誰も不幸にはしません。遠く離れた地であっても、無事を念じ続けます。 KAI

July 07, 2008

ウィンブルドン開幕(2)

長く、すべてがもの凄い試合だった。

それは日曜の夜ハイタイドの10時過ぎに始まった。カウンターで目を覚ました12時時点でフェデラーが4-6、4-6の2セットダウン。このあと家に帰って一旦ベッドに入って3時まで仮眠。起きてテレビを点けると7-6と1セット挽回している。第4セットも7-6でフェデラー。2セットオール。このままファイナルセットにもつれ込む。ずっとサービスキープで来て7-7でフェデラーのサービス。しかしこれをブレイクされて7-8。絶体絶命のピンチ。すでに時刻は午前5時をまわった。

そして、ナダル。これを確実にとって、念願の初優勝。

それにしてももの凄いラリーの応酬。もの凄いサービスともの凄いリターンの応酬。こんな凄い試合は、そう見れるもんじゃありません。

すべてナダルの、打倒フェデラーの執念以外の何者でもない。3年連続の決勝対決。20歳から22歳になったナダルが5歳年上のフェデラーに挑んで、やっと3年目にして栄冠をつかんだ。確かにナダルは、進化した。対する、122年ぶりと言う大記録である6連覇のかかった、追われる立場のフェデラー。

今朝の壮絶な戦いの結末は、二人の実力の差によるのではなく、単純に二人のこの立場の違いだけ。

フェデラーからすれば、このナダルのあまりのしつこさに対する苛立ちが、6連覇達成の夢を、ほんのわずかに狂わせただけ。

人生もビジネスも同じかもしれない。このナダルの「しつこさ」こそ、既存環境と言う現状打破のキーワードのような気がしてきた。 KAI

July 06, 2008

バテバテ

いきなり真夏に突入して、バテバテの週末テニス。

土曜、スイス旅行中のY木夫妻の穴はコーチのネモトくんにお願いする。しっかりネモトくんに遊んでもらって、6-2、0-6、3-6、0-4とネモトくん相手は3連敗。

それにしても試合中に突然クラブハウスから火の手があがったのにはビックリ。火事!火事!119番!。テニスどころではなくなったと思ったら、すばやく消火器で鎮火。いやー久しぶりに炎が燃え上がるのを見た。ホント火事はコワイよ。

日曜、早朝からオフィスに出て仕事を片づけてからテニスコートに向かう。今日は昨日以上の猛暑。まだ身体が猛暑モードに切り替わっていないので、脚が鉛のように重い。おまけに人数が足りないので今日はシミズコーチが助っ人。手加減無しでキツ過ぎ。全然ゲームが取れない。シミズくん相手に0-6、1-6。シミズくんと組んで6-4、0-3。なんなんだこの結果は。まるで自分一人で足を引っ張ってるみたい^^;。

しかしこの苦しみも、このあとのアンジェロの生ビールのためと思えば、へでもない。

この2日間の生ビールの美味しいこと。ぐびぐびぐび。ぐびぐびぐびぐび。ぷっはー。ぐびぐびぐび。ぐびぐびぐびぐび。身体がしびれそうになる。 KAI

July 04, 2008

在庫情報を楽天、YAHOO、自社ECサイトで共有する方法

今私たちのASPサービスで一番のニーズが、標題の通り、いかに在庫情報を楽天、YAHOO、自社ECサイトで共有するかです。

例えばこの3店で、有名ブランドの外国製の靴を販売している通販会社を考えてみましょう。あるブランドの靴がサイズごとに残り1点しかなくなった場合、いかなる方法をとればいいかの問題です。3店全部に在庫ありで展示するのはきわめてリスキーですので、通常は例えば一番売上が多い楽天だけ在庫ありにするわけです。

そうした結果は目に見えています。売上がますます楽天に片寄り始めるのです。

ここでもし3店間で在庫情報を共有することができれば、3店すべてに商品を在庫ありで展示することが可能になります。もし1店で売れた時点で残り2店を在庫なしにすればいいだけです。

しかし、これを実現する方法は一筋縄ではいきません。

ITソリューション会社の優秀な頭脳でも、彼らにはこんな仕事はまるで銭儲けにもならず、端から埒外な案件ですが、しかしこういった問題解決こそ「ソリューション」の基本です。

「ソリューション」などといくら喧伝しても、所詮裏方、脇役であって主役ではありません。自らサービスして初めて主役になれるのです。そういう主役のプライド抜きに「ソリューション」など有り得ません。まさか裏方が楽天も変えるとは言えないでしょう。

今日本のITの経営者に求められているのは、まさにこの主役としてのプライドです。このリスクを取らない限り、所詮受託請負のノーリスク経営であり、日本のベンチャー経営者と一番遠い存在にすぎません。

日本にベンチャーが存在できないのも、むべなるかな。哀しいけれど。 KAI

July 02, 2008

時間はなぜ必要か

クロックと言う時間の単位がある。コンピューターの場合、1クロックは1秒の何億分の1になりますが、この1クロックごとにコンピュータは一番小さな「計算」をするわけです。ですからコンピュータは、1秒間に何億回の「計算」ができることになります。

ひるがえって人間にとって、このクロックとは何かを考えると、このことをテーマに随分長い間思考を重ねてきましたが、どうも結論は人間にとってクロックとは「日」であると言うことです。

コンピュータとしての人間は、毎日毎日、1日1回一番小さな「計算」を繰り返している。そう言う結論です。

この人間が行う「計算」とは何か。例えば、あるプロジェクトの受注交渉を考えてみましょう。受注担当者は毎日毎日顧客との交渉に明け暮れます。受注のための条件が顧客から次々と提示され、これに応えるドキュメントを提出し、競合先との優位性を主張します。実はこの毎日の交渉が、前述の「計算」に相当するのです。

1日の間に何度も顧客との間の「交渉」があったとしても、その日の交渉の成果は一つです。一旦職場を離れてベッドで眠りにつけば、その日の「計算」は終わります。

つまり人間は、毎日毎日、この「計算」を繰り返すことで、プロジェクトの受注と言う、膨大な「計算」の答えを得ることができるわけです。そうすると例えばこういったプロジェクトなら受注にどれだけの「時間」がかかり、プロジェクトの完成にこれこれの「時間」を要するか、毎日単位の「計算」回数からある意味簡単に予想することができるのではないかと考えるのです。

このことは実は建築などの工事現場では当たり前のことで、来年いついつの竣工ですと言うのも、この計算ができるからのことに他なりません。これが将棋や囲碁の世界で言えば、1手1手が1クロックに相当し、将棋なら100手前後で決着するように、人間将棋なら決着までに100日かかると言うことになります。

これが標題の「時間はなぜ必要か」の答えになります。Google検索のようにすぐ答えが得られる社会になって、目一杯「間」が省略されるようになり一見この時間が不要になったかの錯覚を覚えますが、決してそのプロジェクトの完成に必要な「計算」回数が少なくて済むようになったわけではないと言うことです。

今の社会、特にビジネスの世界では「スピード」が強調され、とにかく「時間」をかけないことが善と教えられます。しかし話は全く逆で、「時間」こそプロジェクトの完成には必要不可欠であり、この「時間」を確保するノウハウこそプロジェクトを成功に導く要諦であるのです。

つまり、これが1日一つのプロジェクトだけでは、「時間」はこのプロジェクトにしか割り当てることが出来ませんから、すべてのプロジェクトに満遍なく「時間」を割り当てるには、1日同時並行的に複数のプロジェクトを推進する以外には方法はありません。

このノウハウが問題なわけです。(この項つづく) KAI