March 30, 2008

気の研究的週末テニス

昨日の続き。

KAIが、サッカーにまるで詳しくもなんともないのに、なぜこれほどまでにオカちゃんのことをボロクソに言えるのか。別にオカちゃんが嫌いでもなんでもない、これこそ予知能力の賜物です。

半世紀人間やって会得した能力がこの予知能力です。ありとあらゆる勝ち負けにおいて、勝機はこの予知能力を基準に判断すればまず間違いありません。サッカーなんかまるでやらなくても、今からおきることが手に取るようにわかってくる。

つまりKAIの得意とするテニスと、このサッカーは外見的に似て非なるスポーツに見えますが、予知能力的にはきわめて類似のスポーツです。

テニスとサッカーで一番共通するのは、ボールを保持することができないスポーツであることです。テニスはラケット、サッカーは足、どちらもボールを打つ、蹴る動作の前も後も、ボールを主体的にコントロールすることはできません。来るボールにはこちらがボールに合せるしかなく、打つ蹴るボールもこちらの思う通りにはならないと言うことです。

こう言う条件の中での勝敗の行方は、ハスラーやゴルフといった対戦相手との心理戦を含んだポテンシャルレベルの力の差が勝敗の決定的要因となるゲームと違って、常に運動を続けるボールを中心にしたフォーメイションにいかに的確に、リアルタイムに適応できるか、この1点にかかっているといっても過言ではありません。

つまり、静的なフォーメイションだけではまったくもって無力であり、動的フォーメイションの中にしか勝機はうまれないと言うことです。

この言い回しがわかりにくければ、渋滞で止まっている車列では絶対に追い越しは不可能ですが、少しでも動いていればいくらでも追い越しをかけることができることを考えると、この話は簡単に理解できると思います。

もちろんこのことをオカちゃんが理解できていないわけではありませんが、オカちゃんの考える動的フォーメーションはカウンターアタックと言う特殊な状況でしかないことが、大きな問題であるわけです。もちろん得点は相手陣内でしか有り得ませんが、ボールの移動距離関係なく、動的フォーメイションは常に連続しているのです。つまりチャンスは相手陣内ではなく自陣内ですでに始まっており、これがゾーンと言う静的フォーメイションではいかんともしがたいのです。

ゾーンでもし主導権をとっても、その静的フォーメイションを動的フォーメイションにスイッチすることは容易ではありません。もちろんオカちゃんにとってこれと同じくらい、動的フォーメイションのままのディフェンスはあまりにも不安であることも、理解できます。

しかし得点をあげない限り、引き分けはあっても勝つことは不可能であることを忘れてはいけません。

攻撃のためにリスクをとることを恐れる限り、勝つことができるのは、同じ戦略をとるチーム相手だけであることに、なぜ彼が気づいてくれないのか不可思議としか言いようがありません。

そして恐れを知らない、我が週末テニス。

結果は、土曜が3-6、6-4、4-4の1勝1敗1分、日曜、6-0、3-6、3-6、6-2の2勝2敗と、両日とも五分五分の結果と言うのは、まことに示唆深いことであります。

ようするに中庸こそ、勝敗を支配する根本原理であります。 KAI

March 29, 2008

暗雲岡田サッカーと昇竜錦織テニスに見る気の研究(4)

バーレーン戦の敗北の言い訳が、前任者のやり方の踏襲にあるとして、今後全面的に「オレ流」に変えると言う。

はてさて、まるで面妖かつ奇妙な論理である。

ここで細かな彼の論理の破綻に言及するつもりはないけれど、一言言えば、踏襲を決めたのも「あなた」、それを指揮したのも「あなた」。オシムをまるで理解しない、弟子でもなんでもない「あなた」がオシムを踏襲することなど、いったいどうすればできるのか、不思議でしかたありません。

結果、踏襲の名を借りた「オレ流」サッカーで、敗戦。

すでに「オレ流」サッカーでは、アジアでさえ勝てないことは分かっている。申し訳ないけれど、万に一つ世界杯にでることができたとしても、世界杯での優勝はおろか1勝さえ期待できないのです。

ゾーンディフェンス。けっこうです。で、オフェンスは?

お願いですから、もっと得点をあげる「可能性」にとんだ戦略を示してくれませんか?バーレーン戦を観ててもそうですが、「あなた」のサッカーを見てても、勝てる気がしないから面白くない。なぜ勝てる気がしないかって?

それは「あなた」のサッカーには、決定的に哲学レベルの戦略がないからです。

戦うのは「あなた」ではなく選手です。

選手がこうすれば勝てると理解していれば、必ずマイクロな局面でそれを実現するのです。「あなた」がやるべきことは、このこうすれば勝てると言う哲学を選手に徹底するだけです。しかし「あなた」自身がこの哲学を理解していないのですから、踏襲で勝てるわけがありません。

とぼやくだけでは日本の世界杯での勝利は、望み薄。

6月の最終予選で一旦敗退し、そこで岡田更迭、オシム後継者による敗者復活しか、世界杯での奇跡的な勝利は望むべきもありません。 KAI

March 25, 2008

松下幸之助の言葉(31)

いよいよこの連載も終盤。幸之助、すでに84歳。この年、かねてからの日本再生計画の礎となる松下政経塾を立ち上げます。その入塾試験でのお話。

 入塾試験の面接には幸之助のほか、松下電工会長・丹羽正治、PHP研究所参与出版局長だった江口克彦、初代塾頭の久門泰(ひさかどゆたか)があたったが、幸之助は「キミ、酒はどれくらい飲むんや?」など意表をついた質問を投げかけ、受験生泣かせだった。
 幸之助が選考にあたって最も重視したのが「運」と「愛嬌」である。受験生の提出した略歴を見ていると、その人物の「運」がそれとなくわかったという彼らしい話も残っている。
(産経新聞、同行二人(どうぎょうににん)第29回、北康利、2008/3/25、p.21)

つくづく思うのがこの運のいい人間以外と、絶対付き合うなってことです。

もちろん世の中、そうは運のいい人間ばかりいるわけではないのも事実。しかし運の悪い人間は、一発でわかる。それは、一言で言うと、ものを求める人間です。ある意味自分自身が、この求める人間になっているのも事実。しかしだからといって、まわりのこれを許す理由はない。

やっと、面接基準もなにもかも、すべてが見えてきた。見通し鮮明、視界良好。 KAI

March 23, 2008

平次の洗濯と週末テニス

我が家の愛亀、平次が、この冬眠中にずいぶんデカクなった。人間も睡眠中に成長すると言うから、恐らく亀もそうなんだろう^^;。

と言うのも、ほんとに久しぶりに平次の洗濯と水槽の掃除をして、目黒川沿いの桜並木の見える陽当たりのいい場所に水槽を移したら、まるで子犬がじゃれるように水槽の中を平次が暴れ回る。これがよく見えて、見れば見るほど大きくなった。

日曜、朝から仕事。その合間にいつもの週末テニスに行き、そのあとまたオフィスに戻って、サウナはパス。仕事が終わってから自宅でシャワーを浴びる。そういえば平次の水槽の緑色の水が泡立ってそろそろヤバイと、お風呂に入るついでに平次の洗濯とあいなったしだい。

それにしても20年は長生き。子犬と書いたけれど、ほんとバタバタと暴れる様は20歳とはとても思えないし、愛くるしいほど可愛い。

リキと平次は仲良しだった。

リキは、平次をフローリングの床で遊ばせると、鼻をくっつけて臭いを確認すると、後はまるで無関心。リキにとって平次は、家の中の動く置物だったかもしれないけれど、リキの最後を看取ったのは平次だった。その平次が、こうして元気であることは、KAIの腹の底からエネルギーが沸いてくる。

週末テニスも、やっと元気が戻ってきた。

土曜、6-0、7-5、1-6。日曜、6-3、6-2、2-6と両日とも2勝1敗。

土曜はコーチのネモトくんが入っての2勝であるから、この戦績はめちゃくちゃ大きい。しばらくペースが戻るまでまだかかりそうだけど、しかし今回は長い。運気の流れの大きさを実感せざるを得ません。この長くて大きな流れの中の予知能力が、やっと見えてきたと言うことです。 KAI

March 22, 2008

暗雲岡田サッカーと昇竜錦織テニスに見る気の研究(3)

グッドタイミング。土曜テニスからの帰りがけ、錦織の決勝戦を最初から最後までやっていたのを見た。最初のエントリーに書いたことそのままの、3-6、6-1、6-4と言うスコアからイメージした通りのゲーム展開に、いたく納得し、そして少々嬉しくなった。

そしてもう一つ。彼を支えるスタッフの数が尋常ではないことに、驚くと同時に、いたく納得。

そうなんだよね、一人の世界的に通用するプレイヤーを育て上げることとはそう言うこと。自分ひとりでできるもんではないんだよね。

これを思うと残念でならないのが、Qちゃんこと高橋尚子。

 レース後、昨年8月に左ひざ半月板を切除したことを告白した。「敗因? それだけではない」と喝破したのが、かつての師匠・小出義雄氏である。「本当にヒザが完治していなかったら、練習で70キロも走れるわけがないよ」
(中略)
 小出氏は言った。「選手というのは楽な方、楽な方に行こうとする。それに『待った』をかけ、心を鬼にして指導するのがプロのコーチなんだ」。彼女も35歳。限界説もささやかれるが、もう一勝負するなら外国人でも日本人でもいい。プロのコーチを雇うべきだ。仲良しクラブでは勝てない。(スポーツジャーナリスト・二宮清純)
(産経新聞、断、2008/3/22、p.21)

この言葉が、しみじみとKAIの胸にしみこんでくる。経営もまったく同じなんだよねと、本日は納得の嵐でお仕舞い。 KAI

March 21, 2008

異次元からの帰還

やっと早朝の散歩を再開できそうな、そんな状況が見えてきた。

1月中旬のある日突然、リキが亡くなってからも欠かしたことのない毎朝の散歩が、なぜか億劫になってできなくなってしまった。億劫になった理由はわかっているけれど、しかしだからといって7年続けてきた散歩をやめる理由にはまるでならない。

かえって散歩中の思索が足りないせいで、事態を悪化させているのかもしれないのに、その散歩がなぜできなくなってしまったのか。

その理由を、今朝になってやっと理解した。

人は、ある時、突然に次元を異にする世界に放り込まれることがあります。田舎から出てきて都会の雑踏のど真ん中に放り込まれるようなものです。そんな状況にあって、いかなる行動をすべきか、これが2ヶ月間わからなかった。それがやっとペースを取り戻す方法がわかった。

それは、いつもの周り中の人々との対話しか、ありません。

散歩とは、自分との対話以外、何者でもありません。これは日常の他者との対話があってこその、自己との対話です。他者不在のままの散歩がいかに苦痛か、よくわかったってことです。

道は開ける。そう信じてひたすら日常を取り戻すことが、大きな解決の予感がします。 KAI

March 18, 2008

松下幸之助の言葉(30)

企業経営には、あとから考えるとこの時どうしてそう言う方法を思いついてそれを実行する決断をしたのかわからないと言う、不思議な局面に何度か遭遇するものです。

ビデオ戦争が勃発した1974年と相前後して松下は低迷を始めます。3年後の1977年1月、幸之助は社長に娘婿正治に変えて、松下取締役26名中25番目の序列であった山下俊彦を起用します。いわゆる世に言う「山下跳び」です。この時山下57歳。いまでこそこの年齢の社長就任はめずらしくもなんともありませんが、当時82歳の幸之助を筆頭に戦後の復興を支えた年輩の役員の中にあって異例中の異例の抜擢人事でした。

 その後、山下は期待に応え、獅子奮迅の活躍を見せた。タブーだった事業部間の大規模な人事異動を実施。高齢化した幹部社員の退職も促した。「やりすぎだ」という声にも屈しなかった。ある時、幸之助が社長室に「大忍」と自書した額を持って現われ、「わしもこの額を部屋にかけとく。君がこの額を見る時、わしも見ていると思ってくれたらいい」と言って励ました。
 こうして松下電器は、山下体制の八〇年代前半に利益成長のピークを迎えることができた。松下電器は、再び不死鳥のように蘇ったのである。
(産経新聞、同行二人(どうぎょうににん)第28回、北康利、2008/3/18、p.18)


なぜそうするのか。言葉では説明することができない訳があります。それしか選択の余地がないところまで追い詰められて、そこで初めて方法を思いつく。

もちろん企業は生き残っていかなければ、何の意味もありません。生き残るために、幸之助が世襲をあきらめたと同じように、あらたなるフレームに乗り換えるしかないのかもしれない。

いま必死になってその方法を考えています。 KAI

March 17, 2008

運気を変える

運気が著しく落ちている。次男のユーダイが高校受験の本命に合格したと言うめでたいその日に、40年前にバイクの免許をとって以来このかた起こしたことのない、車相手の事故を生まれて初めてやらかしてしまった。

先月駐車中にトラックに前部をぶつけられて、一度経験済み(これも生まれて初めての経験だった)の事故処理はまったく冷静でいられたけれど、運転中に相手の車と接触するなんてまるでKAIらしくもない。

一方通行の道から桜田通りに出る際、目の前を通り過ぎたタクシーとその後方のタクシーに割ってはいる形で左折した瞬間、通り過ぎたはずのタクシーが左側に停車していて、タクシーの右後方のバンパーを見事にこすってしまった。

粛々と保険の手続(これも生まれて初めての経験)と修理のための代車の手続をやりながら、緑員らに先週末雨の中で10分オーバーの駐車違反を切られたばかり(これも緑員になって初めて)で、いったいこの怒りをどこにぶつければいいのかふつふつとやり場のない腹立たしさばかりがこみ上げてくる。弱り目に祟り目とはこのこと。

こんな最悪の運気でも週末テニスだけは、救われる。

終わってみればO谷さんの6連勝も、すべてがきわどい勝負でした。

土曜、テニスコートへ向かう車の中でいつものNHKの課外授業が面白い。今日の先生は田中博史先生。田中先生は、実際にも筑波大学附属小学校の教諭。先生が選んだテーマは、中学生が先生になって、小学3年生に「分数」を教えること。

小学4年に初めて教わる分数は、小学3年生にとってはまるで未知なる世界。これを中学生が、分数が得意なチームと苦手なチームに分かれて、グループで教え方を工夫しあって、実際に小学校へ出かけていって教える。

やはり一番うまく教えたのは分数が得意なチーム。ピザを1/2、1/3、1/4、1/6、1/8に分割したものを用意して、1/2と1/2を合わせると1になること、1/3と1/3が2/3になること、1/2ピースの上に1/6ピースを3つ重ねると同じ大きさになること、これが1/4ピース2枚でも、1/8ピース4枚でも、すべて同じになることなど、次々とパズルを解くように小学生が先生である中学生と遊びながら覚えていく。なるほど学習の基本がここにありました。

このあとのテニスの学習効果は、しかしもはや見込薄。何度学習しても結果に反映されません^^;。結果は6-3、4-6、2-3。第2、第3ゲームはもともと勝っていた試合。

運気が落ちていると言うことは結局集中力を欠いていると言うこと。これをみすみす落としてしまったのも、ここぞと言う場面で散漫なプレーになってミスをするから。

日曜も、まったく同じ結果。3-6、6-2、5-6。最後の試合もこちらにセットポイントがありながらイーブンに持ち込まれてミスしてお仕舞い。

教訓が、あまりにも多すぎ。

夕方娘と一緒に無印に行って衣類の整理箱を買ったあと、ハイタイドでマティーニを飲みながらひたすら考える。この流れを変えるにはただもがいてもしょうがない。もっと大きな気の流れを見るしかないと悟ったと思った結果が、これ。少々疲れた。 KAI

March 13, 2008

珍客来訪

珍客なんて言ったらしかられるけれど、米国法人ダイナ・サーチの石塚しのぶさんが来社された。まもなく出版予定の石塚さんの著書に、ネットで見つけたKAIの文章を引用したいとのメールがあったのが先々月の22日。

3ヶ月ごとにクライアント企業への報告に日本へ来るついでに、ご挨拶をとのことでお会いする。

しかし思いこみとは恐ろしい。オフィスの受付に現れたのは、初老の紳士。しのぶさんはてっきり女性と思いこんでいたので、いたくビックリ。

その石塚さんが引用したいといわれた文章が、昨日のエントリーダイレクトマーケティング考です。この中のKAI式「ダイレクトマーケティングの定義」が目にとまったとのこと。

・顧客を識別して販売する
・媒体を利用して販売する
・DB(データベース)を利用して販売する


ちょうど5年前、ある雑誌向けに書いたボツ原稿をまだこのブログを始める前のホームページに掲載したものです。これをたまたま見つけて頂いて、自分が書いたとは言え5年ぶりに読んでみて、なかなかいいことが書いてあると我ながら感心する^^;。

あれから5年。時代は着実に予想したとおりの展開になっている。そして石塚さんには「世界通販」をご紹介。なんと石塚さんも関連ビジネスを始めたばかりとのことで、さっそく協力して頂けることになる。

ロサンゼルスの石塚さんとKAI。インターネットがなければ絶対に会うことがなかった者同士が、こうして出会い、ビジネスの話までに繋がっていく。

なんとも不思議な気がして、そしてまことに心地いい気分になってくる。これは間違いなくうまくいく。 KAI

March 12, 2008

ダイレクトマーケティング考(再録)

日時: Tue, 25 Feb 2003 06:18:52 +0900
件名: ダイレクトマーケティング考
差出人: kai@open.jp


最近、おかげさまでJADMA加盟会員企業の担当者様とお話をする機会が増えています。

このJADMAとは通信販売企業の団体ですが、「JADMA」(*1)の中の綴りの「DM」がダイレクトマーケティングを意味していると言うことをご存知の方は意外と少ないのではないでしょうか。
(*1)Japan Direct Marketing Associationの略

今、ダイレクトマーケティングという言葉、販売方法、経営そのものが着目されています。

今回は、ダイレクトマーケティングという概念を、筆者が考えるダイレクトマーケティングの原点である「富山の薬売り」の商法を通じて、Q&A形式で明確にしていきたいと思います。

■Q 今やネット通販上で勝ち組み、負け組みがはっきりしてきましたが、どういった理由で差がつくのでしょうか。

■A ネットでの商品の販売はいわゆる通信販売の一種ですが、多くのモール出店企業は、この通信販売という販売方法のノウハウを持たないまま単にお店を開いているだけで売上を伸ばせないでいるのが実態です。古くからカタログ通販を手がけて来た企業でさえ、インターネット通販については試行錯誤を繰り返している段階というところが少なくありません。

その中にあって図抜けた売上を伸ばしている企業(いわゆる勝ち組み)もあって、その差がどこから来るのか、これを解き明かす鍵となるのが「ダイレクトマーケティング」という考え方です。

ダイレクトマーケティングという用語は、通信販売とほとんど同じ意味で使用されていますが、訪問販売や店頭販売でも顧客を識別しながら販売する手法はすべてこれに含まれます。

この考え方の歴史は古く、米国では1800年代の後半に既にカタログ販売がスタートしています。日本では更に歴史が古く、江戸元禄時代(1600年代後半)に始まったと言われる越中富山の薬売りがダイレクトマーケティングの草分け的存在です。

■Q もう少しダイレクトマーケティングについて説明して下さい。

■A 筆者は、ダイレクトマーケティングの定義として次の3条件が必要だと考えています。

・顧客を識別して販売する
・媒体を利用して販売する
・DB(データベース)を利用して販売する


これらを富山の薬売りを例に説明しましょう。

●顧客を識別して販売する
まず顧客の識別について、富山の薬売りは行商人と同じように地方を転々としますが、訪れた先の見知らぬ人に薬を販売するのではなく置き薬という手法を取ります。

これは「先用後利」(せんようこうり)と呼ばれる仕掛けで、無料で薬を配っておいて使った分だけ後から代金を頂くということです。当然顧客との間に信頼関係がなければ成立しない取引方法です。

●媒体を利用して販売する
2番目の媒体を利用するという話ですが、富山の薬売りと言うダイレクトマーケティングの媒体は販売員である「売薬さん」と言われる人そのものです。これは通信販売と言うより訪問販売の一種と言えますが、現在のダイレクトマーケティングによる売上の内この訪問販売による売上が実に85%(*2)を占めているのです。

(*2)旧通産省「商業統計調査」平成9年度店頭自販機以外小売額17.9兆円(訪問15.3兆円+通信・カタログ2.7兆円)

売薬さんが手土産で持参する紙風船は富山の薬売りの代名詞にもなるくらい有名ですが、この紙風船を持って大風呂敷で包んだ柳行李を担ぐ売薬さんの姿を記憶されている方も筆者の年代では多いのではないかと思います。

●DB(データベース)を利用して販売する
富山の薬売りのデータベースと言えば「懸場帳」(かけばちょう)です。これは単なる顧客名簿ではなく、今までに配置し消費した薬の内訳が、家族構成、家族の健康状態とともに時系列に詳細に記録されたデータベースとなっているのです。

この懸場帳を使用することにより、顧客毎に効果的な配置薬を選択し売上を極大化し、「古薬」(こやく)と呼ばれる配置期限切れを減らすことで損失を少なくすることが可能になります。

更に、全体の売上を集計し、今期の販売予測まですべてこれでまかなうことができるようになります。

■Q このダイレクトマーケティングのどこが、成功の鍵(勝ち組み)となるのでしょうか?

■A ダイレクトマーケティング・ビジネスを成功に導く要諦はただ一つ「リピートの獲得」です。

どんなビジネスでも新規客しか相手にしなければやがて客はいなくなります。既存客に、食品などのリピートがきく商品を定期的に販売したり雑貨など興味を引く商品を次々提示してリピートを獲得していくことにより、この顧客から得られる利益を最大化させていく活動こそダイレクトマーケティング・ビジネスそのものと言えます。

富山の薬売りの例で言えば、置き薬というのはすべての家庭に同じ薬が配置されているわけではありません。売薬さんたちはその時の家族構成や健康状態をみながら顧客毎の配薬を行っていきます。この結果家族の一人が薬を必要とする時に必要な薬が必ず備わっていることになり、この積み重ねで何年もの間にたった一つの置き薬箱から膨大な利益が産み出されることになります。

■Q 具体的には何を実践していけばうまくいくのでしょうか?

■A 現在行っているインターネット通販が、先に挙げたダイレクトマーケティングの三つの条件を満たしているかチェックしてみて下さい。もし欠けているものがあればその欠けている条件を満たす仕掛けを導入して、本来の目的である「リピートの獲得」に集中することです。

具体的には、
(1)顧客を識別する仕掛けになっているか?
(2)媒体を利用しているか?
(3)データベースを利用しているか?
この3点をチェックして見て下さい。

■Q 1番目の顧客を識別する仕掛けとは何ですか?

■A リピート客がホームページに立ち寄ったときに自分の名前を名乗ることによりポイントが付いたり割引が利くなどの仕掛けになっているかと言うことです。特にポイント制の導入は、単純な割引制よりリピート注文の獲得に絶大な効果があります。

顧客に対して、「特別扱い」をしているんだというメッセージをダイレクトに伝える方法が、このポイント制であり、顧客のランクに応じたポイント率とポイント期限の設定の中にリピート獲得のノウハウがあります。

■Q 2番目の媒体を利用しているかどうかですが、インターネット自体媒体ということではありませんか?

■A 確かにインターネット自体が媒体ですがこの場合eメールを利用しているかということです。しかも手入力ではないeメール、つまり注文メールの自動受信やお届け日とお届け伝票の番号をお知らせするサンキューメールの自動送信等です。

受注時にお支払方法を確認するメール、出荷時に出荷日とお届け予定日、お届け運送会社、お届け伝票番号、この伝票番号から配達状況などを照会できる運送会社のURLなどをお知らせするメール、更には出荷から2週間後に送るアフターフォローメール等、すべて自動化しないといけません。

初期の頃は、扱う量も少なくこれらを人間の手で処理できるためついつい手作業でもやっていけると考えがちです。しかも手でできるので、ある意味で何でもありです。ところが、いずれは手作業では対応できなくなると言うことは誰が考えても自明です。

その時に、機械で処理していても1件1件手で処理していると思わせる仕掛けが必要だと気づかないと、何万件と言うリピート獲得は夢のまた夢となります。

■Q 3番目のデータベースの利用ですが、お客様の購入商品の履歴はコンピュータに保存するようにしているのですが?

■A データベースの利用とコンピュータ化は必ずしも一致しません。富山の薬売りのデータベースである懸場帳は、昔は紙縒りで綴じられた紙媒体でした。

それでも見事なまでのデータベースの利用が可能であったと言う事実を、今のコンピュータ化に取り組む技術者は、真摯に受け止めるべきです。

リピート獲得という一点に絞った分析が必要であって、分析のための分析など金ばっかりかかって何の役にも立たないということを、そろそろ理解する必要があります。

これらの説明をすると、すぐeCRMソフトだとか高価なものを想像してしまいがちですが、逆にうまくいくまでできるだけお金をかけないということが重要です。インターネットの初期に何千万と言うお金をかけて物々しくスタートしたECサイトがことごとく失敗している事実を見れば明らかです。

ダイレクトマーケティングの金言に「小さく産んで大きく育てよ」というのがありますが、正にこの言葉通りです。

■Q 「小さく産んで大きく育てよ」の言葉の意味を説明してください。

■A 言葉どおりお金をかけないということですが、それだけではありません。

ダイレクトマーケティングという販売方法は「数学による販売方法」と言っても過言ではありません。

まず最初に、仮説ありき、です。

この仮説に基づき、様々な陳列商品の選定、この商品毎の陳列方法、仕入れ方法、プロモーション方法、を決定し結果を出します。思った結果が出なければその日の内に仮説を訂正して次の手を打ちます。生のテレビ通販では、これをCTI機能を使ってリアルタイムにやることさえあります。

仮説通りうまく廻りだしたところで、どんどん規模を拡大させていくと言うのが「小さく産んで大きく育てる」という意味です。

■Q ダイレクトマーケティングの将来性について教えて下さい。

■A インターネット通販だけでなく日常の販売方法の大半がダイレクトマーケティング化していくのは必定です。

例えば現在はコンビニでの販売はダイレクトマーケティングではありませんが、近い将来、コンビニに買い物に来る多くの客がポイントカードと呼ぶICカードを携帯するようになり、コンビニでは、誰の誰べえが何月何日にどの商品をいくつ買ったかという事実を把握できるようになります。

従来の元データが既にセグメント化されたデータと違って、元データから個を識別できるようになります。

そうすると何が実現できるようになるかと言うと、従来はセグメントから消費傾向を抽出すると言う、いわゆる統計解析で言うところの因子分析あるいは数量化分析から、個体ごとの傾向を分析して類型化するという真の意味のクラスタリングが可能になると言うことです。

この結果、消費者1人1人のレベルで消費傾向が手に取るように見えて来ます。

まさに「懸場帳」によるきわめて確度の高い需要予測が、「一般消費者」に対しても予測可能になると言うマーケティング担当者にとって夢のような世界が実現するかもしれません。

以上、結論部分はかなり筆者の思い入れの入った内容になってしまいましたが得てして世の中は理論通りにはならないということも、真実ではないかと思います。

March 11, 2008

松下幸之助の言葉(29)

KAIにとってのテニスは、幸之助はお茶を点てることであったと言う。

 経営は奇麗ごとではない。「狂」の部分があり、その覚悟が必要だというのが幸之助の持論であった。毎日が緊張の連続である。時には精神を休めないとまいってしまう。だが彼は現代のビジネスマンのようにゴルフをするのを嫌い、「ゴルフは企業を亡ぼし、国を亡ぼす」と語った。
 彼の場合お茶を点てることが、ゴルフに代わるリフレッシュ法であった。
(産経新聞、同行二人(どうぎょうににん)第27回、北康利、2008/3/11、p.23)

この「狂」と言う字に、激しく共鳴してしまった。

戦渦の中、意に反して軍需産業に組み込まれ財閥パージを生き延びた幸之助の「狂」と比べるべくもありませんが、つくづく感じるのがこの「狂」なる心の有りようです。恬淡にして狂、狂にして恬淡と言う一見まったく反対の有りようが、心の中に共存する。そこにとてつもない強いエネルギーをもった強靱な意志が生まれる。

経営とは、そう言うもんです。

これは人の心臓が生を受けて以来死ぬまで恬淡と鼓動を打ち続けるのと、同じです。しかしなぜ打ち続けるのか、それこそ「狂」とも呼ぶべき「生」なるものの強靱なるエネルギー以外の何者でもありません。

今はただ「狂」に身を投じて、ひたすら同行二人の旅を続けるしかないのかもしれない。 KAI

March 09, 2008

同窓会的週末

いまなぜかこの時期に、横浜中華街にて同窓会。

いつも通りの土曜テニスの超日常をこなしたあと、湾岸を飛ばして関内のAPAホテルに。駐車場を予約していたのに、先着順で空きがない。しかたなく近所のコインパーキングに入れる。これじゃ車の「宿泊代」がばかにならない。

会場の中華街揚州飯店までぶらぶら歩いて到着。このお店、当たりでした。久しぶりの紹興酒もグッドだし、料理もとても美味しい。

すでに3名が先に来ていて、ホテルから歩いてきた5人合わせて8人の同窓会。テニス関係の同窓会は、ついこないだもやったところですが、こちらはまったく学部学科バラバラの、学生時代の遊び仲間。メンバーの居住地である新潟、名古屋、静岡、東京近辺を会場に30年間ずっと、たまに間を空けながらも年1回集まって飲むのを続けてきた。

しかしみないい歳になってきた。職業も千差万別。校長先生を初めとした教育関係者3名、医師、弁理士、上場企業管理職、出版社経営それにKAI。そろそろ引退後のことを考えないといけない。こうして同時代を何十年にも渡って生きてきた者たちが、あたかもバイオリズムの同期をとるかのごとく、集まって一晩の時間を共有して、また地元に戻っていく。

このことに何か不思議な運命の力を感じてしまう。そして元気が戻ってくる。

翌朝、1階にある団体でひどく混雑するレストランで朝食を済ませて、チェックアウト。駐車場の料金が気になって早めに出ることにしたけれど、計算していたより300円多い4300円也。

また湾岸を飛ばして自宅まで30分あまり。横浜はあまりにも近い。

このあとテニスの用意をして、そそくさと日曜テニスに出かける。

テニスの結果は、土曜が6-0、3-6、7-6の2勝1敗、日曜1-6、6-7、1-4と最悪の3連敗。3連敗は久しぶりだけれど、理由はなんとなく察しがつく。書けないけどね。 KAI

March 04, 2008

松下幸之助の言葉(28)

テレビの販売価格を巡る中内功との30年戦争の始まりとなった1964年から10年後、1974年、今度はビデオ戦争が勃発します。

 私情を捨て消費者の立場で「素直」に判断したら、VHSを選ぶしかなかったということなのかもしれないが、しがらみを捨てて「素直」になることは、そう容易なことではない。
 こうして昭和五十二年(一九七七年)、松下のVHS陣営入りが発表された。それは同時に、ソニーがビデオ戦争に敗北したことを意味していた。しばらくはソニーも検討したが、衆寡敵せず、昭和六十二年(一九八七年)、ソニーはVHS方式の生産を開始し、VHS陣営の軍門に下るのである。
(産経新聞、同行二人(どうぎょうににん)第26回、北康利、2008/3/4、p.21)

かようにビデオ戦争の終結には、13年もの長きに渡る歳月を要することになります。

先月東芝の撤退表明により終結した次世代DVDの規格戦争は、当事者にとってだれしもこのビデオ戦争が教訓としてあったはずです。そう言う意味で、ソニーにとって最初から負けるわけにはいかない戦争であったわけで、当然と言えば当然の結末でした。

しかし時代はもはやDVDではなく、テラビット通信によるダウンロードの時代。モノとしての流通の制約を受けるDVDの未来は、きわめて不透明です。

ビジネスの現場は熾烈です。これを戦い抜いて勝ち残っていかなければ、何の意味もありません。勝って兜の緒を締めよ。ソニーの戦いは、これからが本番です。 KAI

March 02, 2008

今はただ繰り返すのみ

今はただこうして恐ろしい速さで毎週やってくる週末テニスをこなしていくことが、唯一の救いになっている。

結果は可もなく不可もない、土日共似たような展開。土曜、6-0、2-6、3-6、2-2、日曜、6-3、0-6、3-6、2-0。

しかしこれだけで救われる。

土曜、駐車場から離れた家に引っ越したので、一旦駐車場へスリッパでぺたぺたと車をとりにいってから出かける。時間ぎりぎりでコートに着くと、先にコーチのネモトくんが来ている。遅れてY木夫妻。この組み合わせで、これまでいったい何回やったことか。

日常と化したゲームを終え、そのままアンジェロへ。いつもの生ビールをジョッキでぐびぐびぐび。ぐびぐびぐび。そしてサウナに2時間。しっかりアルコールチェッカーで確認してから自宅へ。途中ポロロッカで1週間分の食料を買い込む。これは土曜日に欠かすことが出来ない日課。洗濯の合間に引っ越しの荷物の片づけ。あとはハイタイドでマティーニ3杯と賄いであっと言う間に1日が終わる。

日曜、休みにパソコンで仕事したいと言う娘に、引っ越し後ADSLがまだ繋がらないので会社のパソコンを貸してやる。あとで休日出勤していたyumからお菓子をもらったとか。ありがとう^^ > yum。

こちらはそのままテニスコートに向かう。メンバーはいつものY木さん、O谷さん、M田さんと、これまたこの面子で一体何回やったことでしょう。

ゲームの後は、アンジェロ、サウナ、ガソリンスタンド、洗濯、ハイタイド。この超日常こそ、元気の源かもしれない。 KAI

March 01, 2008

そしてあきらめない

「ウェブ時代 5つの定理」いよいよ発売です 。アマゾンで予約していたのがやっと届いて、読んだ。一番に目に入ったのがこの言葉。

より革命的な変化に、私は魅了され続けてきた。
自分でもなぜだかわからない。
なぜなら、それを選べば、もっと困難になってしまうからだ。
より多くのストレスを心にかかえこむことになる。
みんなに、おまえは完全に失敗した、
と言われる時期もおそらくあるだろう。── スティーブ・ジョブズ

(文藝春秋、ウェブ時代5つの定理、梅田望夫、2008/3/1、p.21)

もうこの言葉だけで十分です。

おまえは完全に失敗した・・・。

と言われる時期もおそらくあるだろう。と言えるようになるまで、やり抜く。

今は、それだけです。梅田さん、ありがとう。勇気がまた湧いてきました。 KAI