November 29, 2006

ウェブ進化論勉強会

先日の夢株式会社キックオフミーティングに、参考図書としてウェブ進化論を、すでに読んでいたN津くん以外に配った。

一番最初に反応したのが代表者のO竹。さっそく書籍に丸を書き込んで言った。いままでKAIが言っていたこととおんなじことが書いてある。でもこっちのほうがずっとわかりやすい。すみません、修行します^^;。

二番目の反応が副社長のT塚。彼に無断ではありますが、明日事後承諾をいただくとして、彼の感想にKAIは感激しました。

眼から鱗を何枚も剥がしつつ、2回も読んじまった。中に登場する老いた初期のコンピュータ界の重鎮でも(エスタブリッシュ層でも当然無い)ドドドドドド素人のボクゆえか、昔読んだ未来小説やら手塚漫画にも似た、鮮烈なるインパクトを受けましたな。

また過日、13日の夢㈱第1回総決起集会を思い返すとKAIさんの力説していた事項が符合し、霧が晴れてくる様を見るようです。

しかし、いかんせん本書を読んだ所で畳水練を急に始めたみたいなモンでして、更なる理解のために何ヶ所もの要翻訳・要解説部分が発生しております。質問したき箇所も多々多々です。今日は水曜日。今週中のどこかでレクチャータイムを作って貰えますかね?

場所は何処でもOK、五反田『夢㈱』がいいかなァ。ハイタイだけはNG、酒席の出来事は気持ち良く忘れちまうもんで…。

忙しければ来週でもいいっスけどね。
ヨロシク。

と言うことで明日16時から、未来社会の勉強会です。 KAI

November 28, 2006

ロゴ(2)

本日はデザイン会社から10案の提示。

予想はしていたけれど、まったくどれも期待はずれ。

原因はわかっています。思いが10名のデザイナーに伝わっていないことです。

直接デザイナーに伝えることができるシステムであれば、恐らくこんなことは起こりません。伝言ゲームで思いなど、伝わるわけがないと、思い知らされました。一応冷たい感じにしてみたんですがってあんた、それはクールな感じにってお願いしたんじゃろがっ。

さて、どうするか。

提案料を勉強代とするのが、一番妥当なようです。もちろん直接デザイナーに思いを伝える機会をもうけるとの提案が相手方からあれば、まだ可能性はあります。

が、すでにそうとうの時間が経過しています。ここであらためて仕切りなおすわけにはいかない。だから、即思いの伝えられる別のデザイナーを手配することにしました。

ここにビジネスの要諦があります。

思いのすべてを受け留めてくれるデザイナーを、自らの組織に見出し養成し育てるか、あるいは、できる力を持つ企業(デザイナー)との偶然の出会いに、社運をかけるか。

前者が時間がかかるものの目指すべき方向であるのは、間違いありません。

思えばKAI自身が、プログラマとしてそうしてきました。

なんどもなんども思うものができるまでこの繰り返しでした。いまやっと柱となる技術者が育ってきて屋台骨を支えています。

今夢株式会社の新たなるフィールドで、またこれから始めます。ビジネスとは「これ」に始まり「これ」に終わる。すべて「これ」すなわち「人を育てること」につきることを肝に銘じて、初心からスタートです。 KAI

November 26, 2006

気分のいい1日

今のKAIに20代の時の視力と体力があれば、間違いなく今頃全日本で闘っているはずです^^;。といいたいくらい本日は、視力も体力も充実していました。

申し分のない気温。曇り空でなんら太陽の光の心配がない。風もない。こんな最高のコンディションでは、ミスをしても言い訳はできません^^;。

2連勝のあとゲームカウントは5-4。これをとればゲームオーバーのはずが2ゲーム連取され6-5。ここは手堅くKAIがサービスキープして6-6のタイブレーク。しかし勝利の女神はこれまで。タイブレークを3-7で落としてゲームセット。

本日の戦績2勝1敗。

しかし気持ちは充実しています。2時間ベストテニスができたからです。ミスの少ないゲームはとても気持ちがいい。お互いの力を出し切ったと言う実感があります。

このあと、いつもどおりアンジェロで生ビール2杯に魚のランチ、サウナ、のあと自宅で洗濯。

いつもはこのあと、そのままハイタイドで夕ご飯のはずが、今日は渋谷のウィンザーラケットショップへ。NBのシューズの底に穴が開いてしまって、スポンジが露出し始めたため、急遽のシューズの調達です。

そのまま渋谷から西麻布の交差点へ。左の小さな車が口をパクパクしている。左の窓を開け聞くと、山手通りはどこですか。いやずいぶん通り過ぎていますよ。数キロ後ろですよお兄さんと言ったら、すみません前を通らせていただけませんか、おっいいよ、と西麻布の交差点を渋谷方向にUターンして戻っていった。

なんとも清清しく気持ちがいい。日本もまだ捨てたものでもないと、あらためて思う1日でした。 KAI

November 25, 2006

戦争とは何かを思い知らされた

5-2とリードしながら7-5で逆転負けとなさけないテニスの後、自宅に帰ってWOWOWでたまたま映っていたヒトラー~最期の12日間~を観た。150分の大作に、思わず見入ってしまった。

この独映画は、ついこのあいだ亡くなった、元総統秘書であったユンゲと言う女性の証言をもとに、1945年4月から5月にかけてヒトラーが自殺するまでの12日間を描いた映画です。

いま、ドイツも日本も敗戦後に、生まれた世代が定年を迎え始めました。

当然彼らも筆者も、そして以降の世代は、戦争を知りません。

もちろん以降もベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争と、戦争が絶えたわけではなく、ただ絶対的に離れた高見遠見の見物が、戦争の無知を助長しています。

しかし久しぶりにこんな長い時間、戦争の真っ只中の場面に、この身をおいてみて、まことに戦争とは恐ろしく、一人の力が到底及ばない歴史の動きそのものであることを感じます。すでにヒトラーでさえ、すべての力が奪われていく様は、戦争の神の手が彼の臓腑の中にのびてきてヒトラーの胆力を掬い取っていくかのようにKAIには観えました。

今の日本の核議論に封印しようとする動きと、まるで変わりありません。

歴史と言う大きな流れに棹をさすのは、こういった歴史と言う巨流に身をまかせる、あなた自身であることに、いいかげん気付いてください。

なぜ戦争が起こるのか、それは簡単です。あなた自身が実はそれを望む行動をするからです。議論を封ずると言う。 KAI

November 23, 2006

ソフトウェア作法とは

なんだかゲームの相手に、自分の手の内を見せたくないような見せたいような気分で、ついつい^^;。

この話のポイントは、ネットのこちら側、つまりリアルな空間こそ、ネット上の空間以上に、劇場型空間を共有していると言う、この事実です。

例えば、五反田の某通り裏のおでんや。こう書いただけで、「舞台」がすでに用意されていることに気付くあなたは、エライ。さらに「若ちゃん」と言う名前を聞いてわかる方は、以下の話は読まんでよろしい^^;。

このおでんやの危機が、今年訪れました。入居するビルの崩壊の危機です。と思いきや隣接するビルであったことが判明し、胸を撫で下ろしたことは言うまでもありません。

ここは昭和40年代、すなわちKAIの10代と言う時代が舞台です。俳優は、ここ30年かわっていません。変わっていくのは、カウンターにすわる客だけです。

そしてこの客たちは、このおでんやと言う舞台の上で俳優が演じる劇の中に、自らの心と身を投じて、この舞台の重要な主役を演じ続けてきたことに、気付くものは誰もいません。

しかし、この舞台こそ、客が求め、通い続ける「理由」であることに気付く必要があります。

ECサイトしかり、すべて客が参加する劇場であり、舞台であるのです。

これが、つまりヒントです。これをいかなる方法でネット上に再現するかは、すでにわかっています。

来年の春、これを夢にデビューさせます。 KAI

November 22, 2006

名古屋巡業

早朝4時半に東京を発って、まだ明けない東名を一路名古屋へ。6時ちょうどに富士川SAで焼き魚定食の朝食。食事がおわって車に戻ろうとしてびっくりした。目の前に大きな大きな朝焼けの薄紅富士。久しぶりの堂々富士。これで力をもらいました。

9時すぎに名古屋駅近くの目的地に到着。ここで午前中のデモを完了。

その後、午後3時から某テレビ局のデモのため、栄に。2時間半、目いっぱい納得していただき5時半、本日のデモ、すべて完了。

相棒のizaを地下鉄に見送って、また東京へ。往路もそうでしたが、KAIのカーナビが2001年バージョンのため最近できた名古屋の高速はまったく役に立たない。道路標識をたよりに名古屋高速に6時丁度にのる。

10時前にハイタイドに到着。360キロ3時間半。まあなんと申しましょうか^^;。いいかげんおじさんらしいドライブを心がけなくては^^;

しかしこのデモの効果が絶大であるとは、以前も書きました(デモデモデモ)。

これは実際に目で見ることによる効果と書きましたが、実はもう一つの要因があります。

それはデモを観る人たちが、このデモによってアプリケーション空間の内側に引き込まれて、このアプリケーションオブジェクトとこのデモを観る人間オブジェクトが一体となって相互作用を始めることによるものです。

これが、もちろん私たちの創造したアプリケーションの、「ある仕掛け」によって実現されるのですが、これに大きく貢献しているのが「ブラウザ」です。

私たちのASPサービスをブラウザ経由で利用する、このイメージが、「ある仕掛け」の効果を絶大なものにしているのです。

途中を端折って結論を書くと、ネットのあちら側の中に、アプリケーションを操作する人間オブジェクト、アプリケーションを作る人間オブジェクト、ユーザーをサポートする人間オブジェクト、そしてアプリケーションオブジェクトが登場して互いに作用しあう、(今回はデモの)劇場空間ができあがるのです。

この劇場空間にたつことができた人々が、私たちのサービスの会員となっていきます。 KAI

November 21, 2006

リキの散歩と瞑想で始まる1日とは

昨日の冷たい雨の中から一転、今朝は穏やかな空気の中の散歩。夜半の雨に濡れたツツジの葉っぱが、夜明け前の散歩道を照らす街灯の光に、キラキラと眩しく輝いている。

こう言う時の散歩で始まる1日は、すこぶる調子が良い。しかし散歩中は、考え事に集中していて、途中をほとんど覚えていない。いつの間にか家にたどり着いている。

かといって考えていたことを覚えているわけでもない。それは一つのことを考えているからではなく、今ある全てのことが頭の中を浮遊して、そして消えていくからです。あたかもついさっきまで見ていたベッドの中の夢のつづきをみるがごとく。そういえばサンフランシスコとの往復の長い飛行機の中のことも想っていました。飛行機の中で本を読もうとしても、ほとんど最初の1、2ページで眠くなります。そして長い長い瞑想の時間に入っていく。

そして今日も散歩の後、食事して、風呂に入ってまた湯の中でしばし瞑想。これに水のシャワーをあびて、1日が始まります。

KAIのパワーの源が、ここにあります。 KAI

November 20, 2006

自分しか語れない言葉と言うものがある

それがBlogだと思うし、しかし、表現する言葉は違っても他人と同じ意味の言説には力はない。

このBlogで語ってきた言葉は、すべて自分の言葉であり、しかし、同時に人の言葉に共鳴した言葉であることも、紛れもない事実です。

Blogの言説をリアル社会へと門戸を開く契機となったウェブ進化論と言う書籍も、まったく同様です。梅田望夫の言葉は、彼一人の言葉ではありません。KAIも含めた、このBlogを書く人々の、そのすべての言葉であるのです。

しかし、自分しか語れない言葉と言うものがあります。

それは、いじめ自殺を思いとどまらせようと、自らの(この深刻なテーマと対極をなす)あまりにも面白すぎて哀しい体験を告白する兄の言葉、これはただのネタですが、実はこう言う言葉にこそ、ネガティブスパイラルの土壷の連鎖から当事者を解き放つポジティブな力があると、KAIは信じています。

今回の夢株式会社の起業、17年前いまの私たちの会社を興した動機は、実はこの自分たちにしか語れない言葉の真実があります。

本来はこれをここに書くことこそ、このBlogの存在価値であるのは、よく理解しています。決してビジネスモデルが先にないこと、人の思いの結果であること、それがある意味子どもを産みだすプロセスと同じであったこと、そして必然であったこと。

しかし、これはゲームです。

相手をこうやってかく乱させることも、生き残って勝つための基本の戦略です。 KAI

November 19, 2006

IT銀河

今日は晩秋の冷たい雨につき、いつものテニスも中止。きのう2勝1敗だったから、まあ骨休めにちょうどよかった(と天に負け惜しみ^^;)。

今朝(ってよく考えたら昨日の朝でした^^;)新聞を開いたら「I革命」(産経新聞11/18付「正論」:「IT革命」から「I革命」の時代へ )なる言葉が目に飛び込んできた。

まことに梅田さんらしい、感覚的な本質をとらえた命名です。

まだ明けないなかのリキの散歩と同じです。いままで見えていた冬のオリオン座も夜明けとともに視界から消えていきます。

先日も朝帰りの娘が、お父さん月が見えるよとのたまわりましたが、太陽が出ても今の月はしばらく見えていることを知っている人は、ごくわずかです。

電波望遠鏡は、人間が目で見る宇宙とはまるで異なる宇宙を、私たちに見せてくれます。

リアルの世界である昼間の情報は、太陽の光と一緒です。

あまりに強すぎる光線の中に隠れた無限の宇宙と言う情報は、太陽の闇によって、やっと認識することができるようになります。

そうです。「I革命」とは、いままで見えなかった宇宙の闇を、あらたなる世界規模の宇宙望遠鏡で、この闇に光をあてると思えば簡単に理解できます。

そしてそのプロトコルは、実は、晴れた日の夜の満天の星座と銀河の物語と一緒であることに、気付いてほしいと思うKAIでありました。 KAI

November 17, 2006

ロゴ

新会社のロゴ制作のために、新橋でしばし打ち合わせ。

幸いなことに私たちの会社は「オープン」であるとか「ペリー」についての商標をすべて押さえています。「open.jp」の元になった「open.co.jp」も95年の当初から最優先で登録しました。

KAIにとって、これ(名前付け)がきわめて重要だからです。ある意味、KAIは名前ですべてが決まると信じています。

筆者のペンネームのKAIは、筆者が田舎の中学生のころ、新聞部で署名記事に使いはじめて以来実に40年の歴史^^;があります。由来は過去ログに確か書いたはず^^;。

niftyのフォーラム時代も、どのフォーラムでもKAIで通しました。たまにかぶることがあっても変えたことは一度もありません。

そしてオープン。

ジョブズがアップルをおわれておこしたNeXTを模したかどうかは、時間軸上ありえないかもしれませんが、同じアイデアがOPeNでした。

そして夢。

これはほんとに難しい。

しかし夢です。logo.jpのドメインにほれて依頼して、これをクリアできれば、すべてのリアリティがこれを中心に回り始めます。 KAI

November 15, 2006

そして今日は役員会

私たちの会社の役員は、KAI以外すべて社外役員です。当初は社外役員だけでいいのか心配しましたが、これが意外にうまく機能していて、毎月1回のペースながらKAIの独断専行がしっかりチェックされる仕掛けになっています。

最初に、先日の決算の見通しを報告。併せて今期の営業状況の確認。

続いて本日の本題、懸案の新会社の設立の了承をいただく。出資比率について意見が割れる。会社設立時よりリアリティとは何かをKAIに教えてくれたA本さんから、本日も出資比率と言う数字のリアリティとはどうあるべきかを教授いただき、大変勉強になりました。

その後寿司勇に移動して、新会社の幹部と合流し、全員の初顔合わせ。特に夢株式会社の社長に就任するO竹と社外役員3名とは初対面。互いに緊張されてたと思いますが、終始和やかな雰囲気で、社長就任おめでとうの一言に、精一杯勉強して頑張らせていただきますと、清々しい挨拶は、KAIにとってとても気持ちが良かった。

さあすべて、準備万端。12月4日には打ち合わせのために米国へ飛びます。 KAI

November 14, 2006

夢株式会社キックオフミーティング

ハイタイドに8人の戦士が集合した。

代表取締役社長、O竹。弱冠28歳なれど、彼女の万人を擢んでる洞察力は、未知なる航海に臨む船長たる資格は十分です。

取締役副社長、T塚。運命の人です。KAIの守護神、今回の実質的オーナー。

K田。昨年のシアトル旅行で、ビルディング8を案内してくれて、ゲイツパワーをKAIが吸収するのに一役かってくれた。20年来の友がビジネスプランを作成します。

N津。KAIの野球チームのキャプテン。今回の技術関係を一手に担当します。

H河。N津くんの同級生で、彼の会社の技術担当責任者。ちょっと太りすぎ^^;。

bison。本Blog登場最多キャラクター。東工大院後某NEC後、某当社と言う経歴を持つ。B型。

ウッシー。社員になります。実質的業務運営責任者。

そしてKAI。

7時半にスタート(といっても8時まで全員タイカレーで腹ごしらえ)し、終わったのが11時半。延々4時間の議論は、快感でした。

西麻布の、このハイタイドから、日本を、いえ世界を、この8人の戦士が変えていきます。 KAI

November 12, 2006

技術を極める

結局、これしかないと思う。

私たちのASPサービスのエンジンとなっているERPシステムを進化させていくことはもちろん、今度の夢株式会社では、いままで私たちがバックヤードに徹して、人任せに歯がゆい思いをしてきた、B2Cのフロント技術を極めること、これが今回のポイントです。

これはソフトセクターのアセットそのものであるのですが、大方の人々は、この意味が理解できません。太秦映画村のセットをアセットと勘違いする、ベニヤ板愛好家もあいもかわらず後を絶ちません。

しかし理解できなくても、私たちの技術を信頼して利用してくれる人々に、恩返しをしたい。

これは、売れるECサイトをどう構築すれば良いか、です。

ベニヤ板を愛する人がえらそうに言います。ああだこうだって。結局こんなことは、プログラムなんだから、なんだって実現できるんです。こんなこといくらやっても映画村の観客は増えているんですか。増えていないでしょう。

つまりそれを1万倍に増やす方法ってことです。

顧客を1万倍に増やして売上を上げるなんて、実は簡単です。これはリアルでは不可能だったことがインターネットだから可能になる話です。Googleであるとかアマゾンの仕掛けと、実は同じです。

単なるECサイトを開いて、単なるプロモーションをやって、それで売上が増えるなんて思うのは、極楽主義者かベニヤ板愛好家だけです。ちょっとだけわかりやすく言うと、Googleにしろアマゾンにしろ、そこで実現されている「機能」をイメージしてみてください。でもお金はかけたくないからって、これをあいもかわらず手動でやろうとすれば、つまりカスタマイズすればどうなるかってことです。

結局これらの技術が、膨大なソフトウェア技術者によって実現されていると言うことを、これからECサイトを考えている人々は、ごくごく当たり前の前提、常識として理解し身につける必要があります。

この常識さえあれば、今まで養ってきたリアル社会の販売ノウハウをインターネット社会と言う次の次元のノウハウに進化させることも、大いに可能になります。

これを夢株式会社で、必ず実現します。 KAI

November 11, 2006

ユーイチ君の料理(12)

豚バラと金針菜の炒め物

この料理のポイントは金針菜(きんしんさい)。

金針菜でググってみると、こんなやつや、こんなやつが出てきますが、今回は八百屋さんで売っている青々としたこんなやつです。

で肝心のレシピです。

ごま油をしき、ニンニクのみじん切り、鷹の爪、生姜の千切り、アンチョビを香りが出るまで炒める。

一口大に切った豚バラを炒め、ブナシメジをいれて炒め合わせ、ナンプラー、砂糖、醤油、胡椒、コリアンダーシードで味付けする。

最後に金針菜を加えて、さっと炒め合わせ完成。(金針菜は食感を残すために、火を通しすぎない)

豚肉とブナシメジの組み合わせが秀逸です。これに金針菜のオクラに似た食感がメチャクチャ合う。

金針菜について更に調べるとこんな記述がありました。

インドでは、故ガンジー首相が常食していたといわれている。 日本では、「カンゾウ」または「ヤブカンゾウ」と呼ぶこともある。7月から8月になると、道端で花を咲かせているのを見ることもできる。可食部分は中国と異なり、春先に顔を出した若芽を茹で、刺身のつまや酢の物、みそ漬けなどにする。このとき本当かどうかは分からないが、酔っぱらったような感じになるとのこと。大げさにいうと、憂いを忘れるという意味になるので、忘憂菜(ワスレグサ)の名で呼ばれることもある。ただ神経衰弱、精神安定の効き目もあると書かれた文献もあるので、お酒と同じ効果を持っているのかもしれない。(有限会社清和物産

なるほど遣る瀬無い人々を相手にするには、これは欠かせない料理です。

ガンジーのように常食にしますので、よろしく^^ > ユーイチ君
 KAI

November 10, 2006

そして今日は裁判

いつかはきっちり書いておく必要があります。

別にやましいことが一切あるわけではありませんが、今現在いくつか裁判で闘っていると言う事実を。

すべて民事ですが、こう言う商売をしていると理不尽なことを言い出すやからが、必ず現れます。

神戸地裁の案件。訴えたのは相手方でしたが、3年かかって結果的に当方の全面勝利。判決になれば大阪高裁へ控訴もありうるために、弁護士費用分の和解金で和解。多少問題があっても、こういった神戸出張の名目の記録は残さないようにしています^^;。

しかし、私たちのサービスは、すべてメールに記録が残してあります。ですから相手方が記憶に基づいて訴えてきても、まったく勝ち目はありません。

本日はKAIも含めての3名の証人尋問。KAIにとって何度か経験がありますが、民事とはいえお願いした証人にとって東京地裁の法廷は恐らく、人生初体験。ありがとう。判決は来年の1月26日。勝訴は間違いありません。

しかし相手方は、法律を甘く見すぎです。

ビルゲイツも、恐らく同じような経験をしてきたのではないでしょうか。

私たちの権利は、目に見えないものの権利です。これを、何日も徹夜して開発してきた私たち同志の思いを守るためにも、決して妥協はできないし、法律と言う武器を手放すことはできません。

闘うことを忘れないために、あえてこれをここに、記します。 KAI

November 09, 2006

忘れてた

今日は目が回るほど忙しかった。

朝会社に出かける前に、娘の人生相談。なぜか我が家系は、重要なことを朝の出かける前のこのくそ忙しい時間に持ち出すクセがある。これを1時間かけてサラサラサラとこなして、7時過ぎに会社に。

2日間チェックできずに溜まった1000件のメールを処理して、相手方の弁護士からようやくOKの出た契約書を完成させ、これをもって出かける。

外で3件の打ち合わせをこなして、夕方へとへとになって店を開けたばかりのハイタイドにたどり着く。

マティーニを1杯。至福のひととき。

とそのとき携帯のなる音が。みるとウッシーの彼女のウミから。

あっいけない、忘れてた。すっかり忘れてたよ、ウッシーに預けていたリキのお迎え。今日夕方6時ごろ迎えにいくといってたっけ。

仕方がないので明日早朝迎えにいくからといって電話を切る。

ごめんね、リキ。こんなこと初めてだよ。

いや、初めてではない。十何年も前のこと。お世話になったN島さんにご挨拶に伺うと約束しながらすっぽかし、翌日気がついて謝りの電話をしたことに始まり、この会社を始めて以来思い出すとけっこうやらかしてきてました(ごめんなさい^^;)。

理由は簡単なんです。

手帳に書き忘れるからです。

こんなこともありました。ある協会のパーティと言うのでホテルオークラに行ったけれど、会場には人っ子一人いません。戻って書類を確認したら、日付を手帳に1日遅れて記入していました。

手帳にただ時間の予約の線だけあって、肝心の件名が書いてない。

こう言うときは恐怖です。一生懸命何だったか思い出そうとするのですが、無駄な努力です。そしてその線が引かれた日付の時間が来る。・・・。そして何も起こらない。また一人友だちをなくしてしまったかも。

かようにこの能率手帳は、KAIの30年のサラリーマン生活とともにあります。もちろん、世田谷公園で紛失した1冊を除いて全冊保存しています。

たまに昔の手帳を見るときがありますが、30代40代の手帳は、老眼になった今の自分の目に読むこともできないような小さな文字でメモが記述されています。これが40代後半からとたんに文字がおおきくなります。40代後半に老眼になったからです。

ですからこのこと一つをとっても、この手帳が電子機器に置き換わることは、少なくともKAIの目が黒いうちはありえません。

しかしそうすると、リキの迎えを忘れるのもなくなることはないということでもあります。(と長い長い言い訳でした^^;) KAI

November 08, 2006

幼稚園児のお医者さんごっこ

ホリエモンの公判の様子を新聞で読むと、まるで幼稚園児のお医者さんごっこ。

本人達の事件性はともかく、そもそも幼稚園児に本物のメスを渡した者たちの責任こそ、本来追及されるべきではないか。

この問題の本質は、大人の不在です。

当人たちはもちろんのこと、これが例外ではなく上場を指揮した証券会社にもホリエモン2号3号がいたであろう、その事実です。

いけいけどんどん。

その結果いかに新興証券市場を弱体化させたか、その戦犯は、こいつらです。

そして羹に懲りて膾を吹く。彼らはいったいこれを、幾度繰り返せば気が済むのでしょうか。 KAI

November 05, 2006

リキのシツケと人の躾

なるほど写真の顔をみると、このジャックはなかなか手強そうです。ジャックの小さい頃: 「強情な顔」を読むと、思わずリキの小さいときのシツケを思い出します。

6年前リキが生後2ヶ月で我が家に来たとき、まさか犬のしつけがこんなに大変なことになるとは、想像だにしませんでした。

オシッコの場所を教え、そこかしこをネズミのようにかじるのを止め、オスワリ、オテ、マテ、ヨシ、フセ、ツケまでは順調に覚えてくれました。さすがにゴロンとかバキューンとかの芸は、教え方が悪いのか覚えてくれません^^;。

そしてKAIにとってシツケとは一体何か、シツケの本質を教えてくれたのが、毎朝の散歩。

最初のころ、首輪とロングリードの組み合わせで、おまけにKAIのジョギングを兼ねていたせいもあって、散歩の基本的なシツケがされないまま1年が経ちました。つまり一緒に走るだけで、飼い主と並んで歩くことができなくなっていたのです。

それはちょうど1年経ったころ、毎朝毎朝のジョギングで膝の痛みを覚えるようになり、歩く散歩に切り替えた時です。

リキは散歩ができない・・・。

それはそうです。生まれてこの方、散歩と言えば走ることだったのですから、当然といえば当然です。

それからリキの散歩のシツケが始まりました。

まず首輪とロングリードを止め、訓練用の首の絞まるロープのショートリードに変えました。強く引けば簡単に首が絞まって苦しくなります。長さも左手にホルダーを持って下げてもリキの口が地面に届かないくらい、極端に短いものです。これであれば拾い喰いもできません。

この状態でリキが引っ張らなければ問題ないのですが、そうは問屋が卸しません。一体何度繰り返したことでしょう。毎朝、毎朝、歩いては止まり、歩いては止まり、引っ張るのをやめるまで繰り返します。

そして3ヶ月たったころやっとコツがつかめました。

ロープを壁のように持つ。

リキが引っ張っても壁のように動かないってことです。ずるずる引かないで強くグイっと引く(これをカタビキって呼んでます)のがコツです。

この状態でリードが緩んだら初めて歩くのです。リードが張るとそこですぐ壁になって止まる。

逆にリキが立ち止まる場合も考え方は同じですが、今度は止まらないで、動く壁になります。ここで止まるとリキは自分の融通がきくと勘違いするからです。リードが緩むまで強く引き続けて歩く。緩んだところでとまって遊ばせる。

こうして、リードの長さ分の壁との距離を繰り返し覚えさせる。

そうすると常にリキは、リードが張らない位置で歩き続け、リードが張らないように立ち止まります。とまってにおいをかぎたいときは、以心伝心、こちらも自然に歩みを止めます。

そうです、散歩のシツケとは、主人との間の心の距離、間合いを身体に覚えさせることだったのです。

人は、人と並んで歩くとき、その相手との関係で微妙に互いの位置が変わってきます。つまり心で間合いをとっているいるわけです。(たまにこれが理解できない新入社員もいます)

しかしこれをよくよく考えると、この人の心の間合いと散歩でシツケる間合いが、実はまったく同じ種類のものであることに気づきます。

つまり、リキがリードを引っ張っている間はリキが上司であり、リードが緩むようになって初めてリキはこちらを上司、主人とみなし、主人に従う、すなわち素直についていくわけです。

これはすなわち人の躾に応用できます。

まず心のリードをお持ちなさい。まずあなた自身が、この心のリードの長さを覚えなさい。リードの長さを覚えたら、リードを引っ張る、すなわち間合いが開く時のカタビキとなる言葉も覚えなさい。ノーーーー!。決してずるずる引っ張ってはいけません。ノーーーー!。これだけです。え?ずるずる引っ張るって?それはいちいちノーーーー!の意味を説明するなってコト。ダメなものはダメ。

あ、それから、持っているリードを横にいる女房に取られるのは最悪です。お父さんの言うこと、おかしいんじゃない。こんなことをいわせた瞬間、あなたの負けです^^;。

くれぐれも日々、女房の躾も怠りなく。 KAI

November 04, 2006

歳をとると、なぜ時間は速くなるのか?

この本「やわらかな生命の時間」(秀和システム、井上 愼一、2006/10)に、KAIが以前から理解していた理由以上の、納得いく説明がありました。

 いちばん簡単なこの説明は、たとえば一年の長さを、自分の生きてきた人生全体に対する割合で説明するものです。一年は、一〇歳の子供にとっては、自分の人生の一〇分の一だけれど、六〇歳の人にとっては、人生の六〇分の一にすぎません。ですから、六〇歳の人の一年は短いのだといいます。(p.210)

この説明が、KAIがこの本を読む前まで信じていた、そのもっとも確かな「理由」であったのですが、これより、もっと納得いく説明がこれです。

 心理学で使われる短時間の時間評価も、歳をとると長くなることが確かめられています。他に気を引かれるようなことがない静かな環境で、三分が経過したと思ったときにキーを押してもらう実験をします。すると、小学生や中学生は、三分より前に三分たったと思うのに対して、六〇歳、七〇歳の方は、三分より二〇秒も長く経ってからそれを三分だと思っていることがわかりました。(中略)時間が速くなるのではなくて、本当は自分の心理的時間の進む速度が遅くなったのだということです。(p.210-211)

そしてこの時間が遅くなる理由は次のとおりです。

 脳の記憶機能に基づいた説明もあります。新しい事柄は、脳の海馬というところで振り分けられて、記憶としてそれぞれの場所に蓄えられます。これは5-2節の「記憶が時間を感じさせる」の項で説明しました。この記憶振り分けの回数が、時間の長さになるという説明です。たしかに、海馬を損傷すると、時間がなくなってしまうことはすでに説明しました。歳をとると、現実に遭遇する経験はすでに脳に蓄えられた記憶に残っていることが多くなってくるので、新たに海馬を経由して脳の記憶領域に振り分けられるでき事は少なくなってきます。ですから、回数が減り時間が短く感じられるようになると、この海馬説は説明します。(p.211-212)

もう完璧に納得です。(ここに書かれている意味での回数が減って直接時間が短く感じられるようになるのではなく、この記憶振り分けの回数が減る、時間のカウントが減る、すなわち心理的時間が遅くなると言うわけです)

かけがえのないものに与える愛情とは時間

しかしこの本は、「ポケット解説」などと言う実用書の装丁に反して言珠にあふれる良書です。

 「星の王子さま」は、サン=テクジュペリが残したファンタジー小説です。(中略)

 王子さまは、地球でキツネと友達になります。友達になってくれたお礼に、キツネは秘密を教えてくれました。その部分を引用します。
 「じゃあ秘密を教えるよ。とてもかんたんなことだ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」
 「いちばんたいせつなことは、目に見えない」忘れないでいるために、王子さまはくり返した。
 「きみのバラをかけがえないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」
 「ぼくが、バラのために費やした時間・・・・・」忘れないでいるために、王子さまはくりかえした。(河野万里子訳、新潮文庫版)
 王子さまは、何の変哲もない普通のバラを大事にしているのですが、同じようなバラがたくさん咲いているを見て、自分のバラがみすぼらしく見えていたのです。大事なものは目に見えないということや、かけがえのないものに与える愛情とは時間なのだということを、これほど訴える文章をほかには知りません。(p.207)

人と人との関係も、やはり時間です。自分たちが共有した時間にこそ、その意味があります。時間を細切れにしすぎて、その一つ一つを大事にしないで、おろそかにする。今の人々の病理そのものです。

そう言う意味で、次のセリフもなかせます。

 エンデが書いたファンタジー小説「モモ」は、時間泥棒から時間を取り戻す話です。(中略)

 この物語は、時間に追われ、あくせくと効率だけを求める現代社会に、「失われてしまった貴重な時間のことを思い出せ」と訴えかけています。物語の中で、マイスター・ホラが言う言葉を紹介しましょう。

「人間というものは、ひとりひとりがそれぞれのじぶんの時間をもっている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ生きた時間でいられるのだよ」(エンデ、モモ、大島かおり訳)。(p.153)

時間がじぶんのものである自覚を持てる人は、しあわせです。大半の人は、じぶんの時間が奪われていることに無頓着です。にもかかわらず、他人の時間の中で自分探しと言う自己矛盾の毎日に明け暮れる。じぶんの時間の中にこそ自分があることに気づかない。時間のモルモットたる所以です。

そしてじぶんの時間と、王子さまにキツネが教えた秘密である「心で見」ること、すなわち内省とは一体不可分。今の人たちに決定的にかけているのが、この内省です。

やわらかな生命の時間は、内省の連鎖を生みます。 KAI

November 02, 2006

出航

精神が満たされる、その心地よさを今感じています。

何気ない出来事の連続の中に、間違いなくその精神の脈略と言う大きな流れが、今見えてくると、このハイタイドのカウンターの今が至福の時間と化します。

10月31日は年に1回の決算日。当然成績をあげるために、みんなが一丸となる。そして結果が出た。その結果の如何は問いません。一丸となれたことの満足感。

しかし今回はそれだけではありません。

ここ何年も考え続けてきたことが、いまひとつの夢株式会社として結実しようとしています。

懸案であった夢株式会社の、ビジネスモデル。これも何日も考えて考えてほぼその流れがすべてみえました。それを実現する人たちの気の流れもみえました。もちろんお金の流れも。

さあスタートします。いざ!出航です! KAI