ビットバレーの熱が冷めて早4年。ドットコムもすっかり死語化したと思っていたら、まだまだ元気な連中がいました。CNETの記事今、投資したいドットコムビジネスとは?に面白い企画が載っています。
6月28日、データセクション代表取締役 CEOの橋本大也氏と、海外のドットコムサイトを紹介するサイト「百式」を運営する田口元氏が、最先端のドットコムビジネスを探す「ドットコム会議」を都内で開催した。会場には約100名が集まり、それぞれが投資したいと考えるドットコムビジネスについて議論を交わした。
会場ではまず、CNET Japan編集長の山岸広太郎と橋本氏、田口氏の3人が、それぞれ投資したいと考えるドットコム企業を5つ紹介した。山岸は、データ量が膨大化したインターネットコンテンツにおいて、今後は検索技術や分類技術などが重要になると指摘。SEO最適化を行うQuigo Technologiesや、膨大なニュースサイトのコンテンツをリアルタイムで収集・分類するMoreover Technologies などを紹介した。橋本氏は、「自分が注目するコンセプトの中ですでに実現されているもの、もしくは考えたものに近い先端的なもの」を挙げる。
1つ目のコンセプトは「整理しない情報ツール」だ。ハードディスクの価格が安くなり、検索技術が発達した今、情報は整理せずに検索すればいいというコンセプトだという。これを具現化した例として、高速検索機能付のメールソフトBloombaを示した。ほかにも、同じ場所にいる人たちにコミュニケーションツールを提供する「Local Free Messaging」に着目。Bluetooth対応の携帯電話同士で、その場にいる人に無線でキャラクター付きのメッセージを送りあえるTagTextを紹介した。
田口氏は、宣伝メールなどの広告が増えてくると、人は購買の判断基準を個人の評価に求めると指摘。「ネット上で会話があるところに人が動く。人が集まるということはビジネスになるということであり、ネット上の会話を促進している企業に投資するべき」(田口氏)と話す。例として、友人がいまどのオンラインゲームをプレイしているかが分かるインターネットメッセンジャー(IM)のXfireや、テレビとビデオの接続方法など、ちょっとしたテクニックを映像で紹介しあうコミュニティサイトThisIsHowYouDoIt.comなどを挙げた。
いずれも投資の対象になるかはかなり疑問だと思いますが、別な意味で非常に興味があります。別な意味とは、ネット社会の有り様と言う意味で、ネット社会とつきあっていくための様々な仕掛けが、例示された機能なりサービスを初めとして今後も提案されていくんだな、と思ったわけです。
いくらネット社会になったからと言ってネットの中だけで生活するわけではありません。あくまで中心はリアル側にあります。このリアルに対してネットでの比重が大きくなればなるほど、ネット社会の中で生活と言うリアリティを実現する方向に向かうと言うのは、以前のエントリーアナザーランドというもう一つの現実世界で述べた通りです。
つまり、例示されたようなツールやサービス、あるいはシステムと言ったものは、ネット社会の環境をよりリアリティのあるものに変えていくためのもので、やがて私たちはこれらの仕掛けをあたかも空気の存在がごとく、無意識に利用して「ネット社会」で生活していくようになると考えている訳です。
具体的には、キーワードは「可視化」です。
ネット社会という目に見えない社会を「可視化」する。ネット社会の大量の情報を「可視化」し、ネット社会の中のコミュニケーションを「可視化」し、ネット社会の中の人間関係を「可視化」し、ネット社会とリアル社会のつながりを「可視化」するのです。「可視化」によってネット社会の見通しが大変良くなります。その結果、ネット社会がよりリアリティを持つようになり、リアル社会との境界線自体が曖昧になって、やがてわれわれはネット社会をリアル社会と呼ぶようになるでしょう。 KAI
今週号の日経ビジネスの特別編集版に、フィリップ・コトラー教授のインタビュー記事が出ています。経営の根幹を担うCEOについて、以前のエントリーCEOは大変(続き)で私なりの結論を得ました。今回の記事は、これを補強するに足る内容でした。
記事によれば、フィリップ・コトラー教授は、
「伝統的な経済学では在庫を減らすためには価格を下げるという考えになる。しかし、企業は広告を増やしたり、新しい機能を加えたりと多様な展開で売り上げを伸ばせる。新しい形の経済学をマーケティング理論で作った」
と話し、インタビューの冒頭で、マーケティングを理解するためのエッセンスを説いています。
マーケティングをうまく進行させるには、会社が一丸となって取り組むことが大切です。社員全員が「顧客獲得」を意識しなくてはうまくいきません。考えてみて下さい。営業部員がせっかく注文を取っても、製品の品質が良くなかったり、配達が遅れたりすれば、顧客は逃げてしまうでしょう。経理部門が間違った伝票を相手に送ってしまっても同じことです。ですから社員は給与が会社ではなく、すべて顧客のお金であることを再確認したうえで、マーケティング活動に取り組む心意気が大切です。例えばソニーでは、高品質というブランドイメージを浸透させるために営業と生産部門が一体となり、それぞれ何をすべきか考えています。これが正しい進め方だと思います。もともと1930年代に、米消費財大手のプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)がブランド管理という経営手法を開発した時は、マーケティング活動はもっと単純でした。ブランド管理マネジャーが全責任を負って、活動内容を決めていたからです。
しかし、時を追ってこの考えは変わってきました。マーケティングはもっと様々な企業活動の融合であると考えられるようになったからです。財務担当者が製品の価格を勝手に決めてしまったり、購買担当者がコスト削減のために品質を落としたりしては、企業価値は上がりません。マーケティングは企業のCEO(最高経営責任者)が先頭に立って進めるものになったのです。単に宣伝や広告の内容、その予算を決めるだけではなく、顧客への価値提供やそのためのマーケティングの役割は何かをきちんと定義することが求められます。とはいえ、まだまだマーケティングを狭い範囲でとらえている経営者が多いことも事実で、これには失望させられます。
マーケティングの基本は4つのP。製品(Product)、価格(Price)、場所(Place)、そして販促(Promotion)からなります。経営者には販促と見ている人も多いのです。つまり、どのくらいの宣伝費と営業部員を動員すれば、売上高はどれほど上がるだろうかと。
しかし、そうではありません。マーケティングの役割は人々が快適に消費活動ができるように様々な点から支援することです。ですから自社が市場の中でどんな製品を出してどんな経営をしたいか。企業戦略を考えることが基本になります。それが定まれば、対象となる顧客や、その製品、そして購買や財務活動などが明確になります。
CEOにとってマーケティングは基本中の基本です。CEOが、身体感覚レベルで全社員と一体となって、自らの意志を具現化させる活動の要がマーケティングです。社員は、CEOと言う身体組織の一部となってマーケティングを実践していきます。マーケティングの直接の担当者は、このCEOの意志を身体感覚レベルで理解し、各自が自律的に行動し、顧客の支持と言う最終目標を達成していくことになります。これらの活動が、CEOから見ようが社員から見ようが、全く自然な形の動作、考え方、言葉となって遂行されるようになるというのがCEOは大変(続々)の中の「規律の文化」であり、「第五水準」であり、「身体感覚」と呼んでいることなのです。
インタビューの中でコトラー教授から仏教の「禅」であるとか、マーケティング担当者の「情熱」とかの言葉が出てきます。私は、この「禅」と「情熱」もすべて「身体感覚」レベルのところでつながっていると考えています。
もう少し時間が経てば、これらのことをもっと具体的な言葉にできるのではないかと思いますが、今はこの表現が限界です。 KAI
Googleの技術はオンラインゲーム用サーバーに適用できる!
まず、前々回(その2)の説明の復習です。
さて、レスポンスが問題となるのは主に上記の(3)の機能ですが、これを実現するための基本的な考え方を説明します。オンラインゲームの実行には主にゾーン管理とセッション管理の二つの管理が必要です。ゾーンとはゲームの空間的な単位です。プレイヤーはゾーンの中で決められたルールでプレイします。ゾーンに参加するプレイヤーの人数によって、一人のシングルプレイヤーか、2名から数名までの対戦型か、多人数のマルチプレイヤーか分類されます。セッションとはゲームの時間的な単位です。セッションは、更にターンとリアルタイムという2種類の単位に分類されます。ターンは、プレイヤーとプレイヤーあるいはプレイヤーとシステムの間の往復の時間が単位になります。リアルタイムはプレイヤー同士が時間を共有してプレーする場合の時間の単位です。
ゾーン管理およびセッション管理にとって一番難しいのが、マルチプレイヤーでリアルタイムのゲームの管理であるというのは、容易に想像できるでしょう。そのため、一般的にはゾーンの参加人数をサーバーの能力に合わせた人数に制限し、かつ、セッションはリアルタイムに進行するけれどブラウザ上のリアルタイムは保証しないことで、レスポンスを維持しています。
これを読んだ上で、前出のCNETの記事オンラインゲーム市場を狙う大手IT企業の思惑の次の記述を読んでみて下さい。
Sunは現在開発中のオンラインゲーム用サーバシステム「Sun Game Server」で、Butterfly.netと同様の技術向上を実現すると公約している。Sunのこのシステムは、プレイヤーらが利用可能な各サーバに全てのゲームコンテンツが複製されるという従来の典型的手法とは対照的に、ゲームロジックやデータベースが中央サーバに保存され、各プレイヤーがアクセスする、より小型のサーバが接続されている。Sunの最高ゲーム責任者(CGO)Chris Melissinosによると、このシステムを採用することにより信頼性とスケーラビリティ(拡張性)が強化されるだけでなく、同じゲーム内でプレーできるユーザー数が1台のゲームサーバで対応可能な3000〜10000人に制限されないため、各プレイヤーは広大なオンラインゲームの世界を体験できるという。
Melissinosは「現在のオンラインゲームの運営方法では、プレイヤーは物事を各シャードの中で体験する」と述べ、さらに「(現行の運営方法でも)ユーザーは(ゲームの中で)別のプレイヤーと同じ物を見ることができるが、別のシャードにいるため、全く異なる体験をすることになる」と語った。
Melissinosは、シャーディングがオンラインゲームの技術的限界として一般に許容されているとした上で、「消費者が次世代オンラインゲームでも(シャーディングを)我慢してくれるかどうかは定かでない」と語った。
SojournのCerraも、サーバやネットワーキング技術の向上により、オンラインゲームに対する消費者の期待が変化していくため、オンラインゲームの世界の拡大や対応の迅速化が重要なポイントになると予想している。「今後は、シャードに分かれていない(ゲームの)世界の実現といったことが、マルチプレイヤーゲームで成功するための真の差別化要因となるだろう」(Cerra)
ここで言っているシャードはGoogleのシャードとは何の関係もありませんが(暗示的ですが)、このシャーディングの問題は私の言うゾーン管理が不十分なことから来るものです。ゾーンの中のセッションの状態をリアルタイムにシミュレーションできればこんなことは起こりません。
では、このゾーン管理とセッション管理をGoogleの仕掛けで実現するとどうなるのでしょうか。
ここで新しくゾーンシャードとセッションシャードを導入して、これをGoogleのインデックスシャードに対応させます。ゾーンシャードが生成されるのはゲームの種類によって違ってきますが、RPGのように事前にすべてのシナリオが準備されている場合は、ゲームを登録時に設計した全ての場面をゾーンとして生成します。セッションシャードの生成は、ユーザー登録時(認証時ではなく)に自動的に行われます。ゾーンシャードおよびセッションシャードに対応して配置されるプールマシンが実際のゲームの進行を司ります。
これで道具立てはそろいましたので、ゲームの実行がどう行われるか見てみましょう。
ユーザーはブラウザ画面で個人認証を行います。これを見てWebサーバーは、このユーザーのセッションシャードに対応するプールマシンにゲームの実行開始を指示します。プールマシンは、ゾーンシャードとセッションシャードから現在のゲームの状況を収集してキャラクターの振る舞いを計算します。その結果をWebサーバーに返します。場合によって以降はP2Pでユーザーのマシンとプールマシンが直接つながってプレイすることもあります。同時にセッションシャードを使用して自分のゲームの進行を記録していきます。実際の記録の方法は省略しますが、基本的にシングルタスクですので排他の必要はありません。
また、キャラクターとキャラクター同士の干渉は、直接プールマシン同士コミュニケーションを取る場合と、ゾーンシャードのプールマシン経由でコミュニケーションを取る方法が考えられます。シミュレーションゲームのようにn:nの干渉がある場合は、プールマシン自ら、セッションシャードに対して情報収集をかけます。
次に、レプリカを含めたマシンダウンへの対処です。Googleのシャードマシン自体の更新の頻度は低いため、前回引用にあるようにマシンダウンでは単に使用停止にするだけで済みますが、さすがにオンラインゲームではもう少し別の方法が必要です。これに応えるのが、中身はわかりませんがGoogleの課金の仕掛けだと思います。つまり課金情報の消失は100%防止する必要があり、何らかの手が講じられているはずだと言うことです。
まだこれ以外に検証するべき機能はありますが、これで十分Googleの仕掛けがオンラインゲームに適用できると言うことが理解できたのではないでしょうか。いや、むしろ、Googleの仕掛けのほうがSunやIBMのソリューションより、最高のコストパフォーマンスで最適解を与えることができるのではないかと考えます。 KAI
今回はGoogle側の技術について整理しましょう。
IEEE MARCH-APRIL 2003に掲載された論文「WEB SEARCH FOR A PLANET:THE GOOGLE CLUSTER ARCHITECTURE」を引用します。
When a user enters a query to Google (such as www.google.com/search?q=ieee+society), the user’s browser first performs a domain name system (DNS) lookup to map www.google.com to a particular IP address. To provide sufficient capacity to handle query traffic, our service consists of multiple clusters distributed worldwide. Each cluster has around a few thousand machines, and the geographically distributed setup protects us against catastrophic data center failures (like those arising from earthquakes and large-scale power failures). A DNS-based load-balancing system selects a cluster by accounting for the user’s geographic proximity to each physical cluster. The load-balancing system minimizes round-trip time for the user’s request, while also considering the available capacity at the various clusters.
ロードバランサーによって世界中に配置されたWebサーバーの塊(何と2、3000台単位)が選択されその中の1台のサーバーが、以降の検索プロセスをコントロールします。
The search process is challenging because of the large amount of data: The raw documents comprise several tens of terabytes of uncompressed data, and the inverted index resulting from this raw data is itself many terabytes of data. Fortunately, the search is highly parallelizable by dividing the index into pieces(index shards), each having a randomly chosen subset of documents from the full index. A pool of machines serves requests for each shard, and the overall index cluster contains one pool for each shard. Each request chooses a machine within a pool using an intermediate load balancer-in other words, each query goes to one machine (or a subset of machines) assigned to each shard. If a shard's replica goes down, the load balancer will avoid using it for queries, and other components of our cluster-management system will try to revive it or eventually replace it with another machine. During the downtime, the system capacity is reduced in proportion to the total fraction of capacity that this machine represented. However, service remains uninterrupted, and all parts of the index remain available.
シャードと言われる細分化したインデックスが格納されているマシンと、シャード毎に配置されている、プールと呼ぶ検索実行用の複数のマシンがあります。Webサーバーからのクエリーが入ると、クエリーの内容によって選択されるシャードに対応するプールマシンの1台が、ロードバランサーで自動的に割り当てられ、シャードマシンに対して検索を実行します。
この仕掛けは、通常のインターネットの仕掛けで言えば、シャードマシンがデータベースサーバーに相当し、プールマシンがアプリケーションサーバーに該当します。しかも、通常の仕掛けであればデータベースサーバーやアプリケーションサーバーは多くても数台のマシンで運用されるものが、Googleではインデックス自体が千台単位のマシンに分割され、アプリケーションに至ってはその何倍ものマシンで実行されるという、壮大なスケールを実現しています。
ここで考える必要があるのは、果たしてこのGoogleの仕掛けと言うのは検索と言う「特殊」用途にしか適用できないものなのかどうかです。以下次回です。 KAI
前回のオンラインゲーム業界を支える技術−Googleの掌中に?の続きです。
早速ですが、オンラインゲーム用のサーバーの技術的要件を整理します。一般的なマルチプレイヤーの場合を想定していますが、以下のような機能が必要になるかと思われます。(以降の用語、概念はすべてKAI個人が定義して使用しているものです)
(1)個人認証
(2)サービスの選択
(3)サービスの実行
(4)サービス環境の保存
(5)チャット(メッセンジャー)
(6)課金
インターネットからの大量の同時アクセスを制御しながら、これらの機能を実現する技術が、オンラインゲームを支える技術の要の技術になります。特に、ゲームという性格上、レスポンスが悪ければ誰も使ってくれませんし、中途半端なものでは面白さも半減です。そのためには、いわゆる負荷分散と言われる技術が必須となりますが、これは後ほど具体的に説明します。
さて、レスポンスが問題となるのは主に上記の(3)の機能ですが、これを実現するための基本的な考え方を説明します。オンラインゲームの実行には主にゾーン管理とセッション管理の二つの管理が必要です。
ゾーンとはゲームの空間的な単位です。プレイヤーはゾーンの中で決められたルールでプレイします。ゾーンに参加するプレイヤーの人数によって、一人のシングルプレイヤーか、2名から数名までの対戦型か、多人数のマルチプレイヤーか分類されます。セッションとはゲームの時間的な単位です。セッションは、更にターンとリアルタイムという2種類の単位に分類されます。ターンは、プレイヤーとプレイヤーあるいはプレイヤーとシステムの間の往復の時間が単位になります。リアルタイムはプレイヤー同士が時間を共有してプレーする場合の時間の単位です。
ゾーン管理およびセッション管理にとって一番難しいのが、マルチプレイヤーでリアルタイムのゲームの管理であるというのは、容易に想像できるでしょう。そのため、一般的にはゾーンの参加人数をサーバーの能力に合わせた人数に制限し、かつ、セッションはリアルタイムに進行するけれどブラウザ上のリアルタイムは保証しないことで、レスポンスを維持しています。
次に、これらゾーン管理およびセッション管理の、具体的な実現方法を説明しますが、これは大半の部分がインターネットでのアクセスを高速化するための基本的な考え方と同じやり方になります。
一般的なWebサーバーにアクセスする場合、まず、ブラウザとサーバー入口との間の問題があります。サーバーの中に入ってからは、コネクションと言われる接続の問題、アプリケーションサーバーの問題、データベースサーバーの問題等々が存在します。
ブラウザとサーバー入り口の間の問題とはいわゆる通信速度です。ADSL環境と言えども、アクションゲームのように画像情報自体を通信でやり取りしていたら、全く使い物になりません。そこで大半のゲームはフラッシュプレイヤーのようなサーバーとは独立したアクションコントロール機能を持ったプラグインのソフトを利用することで、オンラインを感じさせないゲーム専用機並みのレスポンスを実現しています。
次のコネクション問題ですが、これはインターネット特有の問題です。インターネットと言う通信の仕掛けは、耐障害性の考え方から1回1回のアクセスをすべて独立した通信として扱われます。そのために、いわゆるコンテキストを維持するためのクッキーのような仕掛けを利用しますが、クッキーとはあくまでブラウザの仕掛けです。サーバー側としてはコネクション周りのハードウェアを利用して、ロードバランシング、バッファリング、使いまわしなどでスループットの向上を図ります。
次にアプリケーションサーバーの問題です。通常はゾーン単位にサーバーを割り振るような仕掛けになるのですが、別の理由からサーバー自体の台数がアプリオリ(あえて言えば営業予算的)に決まりますので、結果的に1台のサーバーにそのサーバーの能力に応じた数十から数百のゾーンが割り当てられることになります。結果的に1台のアプリケーションサーバーで、場合によって千単位のセッション管理が必要になります。これに当然、1台2、30万のサーバーではサービスが不可能で、数千万のサーバーが割り当てられます。
残りのデータベースサーバーの問題は、DBエンジン開発ストーリー6に書いたように、通常の仕掛けではサービスの限界があり、同時にサービスを実現するためには前述のような高価なサーバーが欠かせません。
これらを、SunやIBMが、グリッド技術などを駆使して取り込もうと言うのが、前回のエントリーに取り上げたオンラインゲーム市場を狙う大手IT企業の思惑の記事だったのです。 KAI
ゲーム業界について以前のエントリーで取り上げましたが、CNETの記事オンラインゲーム市場を狙う大手IT企業の思惑の中で興味深い記述があります。
IBMは、Butterfly.netという新興企業の主要な支援者となっているが、Butterfly.netではグリッド・スーパーコンピューティング技術をオンラインゲームの運営に応用しようとしている。同社はまた「オンデマンド・コンピューティング」戦略に関わる他の要素を、オンラインゲームの運営に活かそうと躍起になっているところだ。一方Sunは昨年、ゲーム開発用言語としてのJavaの利用拡大や同社製ハードウェア/サービスを使ったオンラインゲーム運営の促進を目的として、Game Technologies Groupという新部門を設立した。
オンラインゲーム市場に参入したこの他の大手企業としては、話題のオンラインゲーム「Sims Online」の運営用に自社のグリッドコンピューティング技術を提供しているデータベース大手のOracleや、通信大手のAlacatelが挙げられる。こうした動きを見ると、まるでゲーム業界が、企業向けにIT技術を提供しているベンダ各社にとっての新たな活躍の場になっているかのような印象を受ける。
IBMのメディア/エンターテイメント業界戦略担当バイスプレジデント、Steve Canepaは、「ゲーム業界は今まさに転換期を迎えている」の述べ、さらに「今はIBMにとって、同業界の転換の一端を担う千歳一遇のチャンスだと考えている」と語った。
市場調査会社IDCの推計によると、現在北米のオンラインゲーム市場の総売上は10億ドル弱で、同市場は向こう数年間で年率20%の成長を遂げるという。またThemis Groupという別の調査会社は、世界のオンラインゲーム市場は、アジア市場の急成長のおかげで、10年以内に90億ドル規模に拡大すると予測している。
90億ドル規模とは1兆円を超えると言うことですから放っておくてはありません。
この記事を読んで、とっさに梅田さんのBlog「Google PC世代」という考え方に思い至りました。
もしGoogleのスーパーコンピュータが、検索という特殊目的に限って凄い性能を出すものなのであれば((2)の悩み)、そしてそれがそれほどのスケーラビリティを示さないのであれば((3)の悩み)、John Udellがこのコラムで書く「Google PC」というイメージは「Googleを買い被り過ぎ」という結論になってしまうのだろうけれど、そこについての判断が今のところつかない。たとえば、質の高い日本語Blog「Radium Software Development」では、「040511 - Google Cluster Architecture (1)」、「040512 - Google Cluster Architecture (2)」、「040514 - Google Cluster Architecture (3)」、「040515 ? Parallelization」の4回にわたって、Googleのクラスターアーキテクチャについて精緻な分析を行なった上で、
「Google の検索エンジンは,前述のような処理の並列化を行うことによって,高速な検索処理を実現している。ウェブ空間のように膨大な規模を持つデータベースも,適切な領域の分割と処理の並列化さえ行われれば,スループットを極限にまで引き上げることができる。ウェブ検索という特殊なアプリケーションだからこそ実現することのできた技術なのだろうと思う。」
「これが,例えば Gmail のような一般的なアプリケーションになってしまうと,話はだいぶ異なってくるのだろうと思う。ストレージの冗長性に関して GFS が役に立つぐらいのものであり,並列性云々は関係無くなってきてしまう。」
と「汎用性への疑問」を提示されている。こうした意見を持つ専門家が僕の周囲にも多いのであるが、Googleもそういう意見は百も承知の上で「Internet-scale software」の実現に邁進して、「結果で勝負だ」と考えているのだろう。
オンラインゲームを支える技術とGoogleとの間に、一体どんな共通項があるのか、恐らく読者の皆さんは不思議に思われるでしょう。
梅田さんの記述の通り、Googleの技術というのは検索という一方向の技術であって、オンラインゲームのようなインタラクティブな技術には向いていないのではないか、と言うのが一般的な(と言うより専門家の)考え方です。
しかし、果たしてそんな単純に片づけてしまって良いのでしょうか、と言うのが今回のエントリーの内容です。
さて、これを1回のエントリーで行うには時間がありません。3回くらいに分けて行いますので、ご期待ください。 KAI
CNETにスパイウェアに関する記事PC1台に平均26.9個のスパイウェア--米調査で明らかにが載っています。
実は私も、ゲーム業界の話で登場した私の小学生の息子のPCが、このスパイウェアに汚染されると言う貴重な?経験をしました。
それは突然起こり始めました。いつものようにブラウザを立ち上げポータルであるyahooの画面から別の画面に移動した瞬間、訳の分からない英語の画面がポップアップで表示されるのです。最初は、あれ?てなもんで、×を押して消していたのですが、余りにしつこく出始めるので、一体これは何だと調べました。
Googleで「ポップアップ広告」で検索を掛けて見ていくと、いやー皆さん困ってます。その中から駆除ソフトAd-awareのサイトにたどり着いて、早速ダウンロード。スキャンを開始しました。すごいすごい80件以上検出されたのです。早速駆除実行してきれいさっぱりにしました。おかげで変なポップアップ画面も出なくなり一件落着となりましたが、しかし、全く納得できません。
何でこんなことになるのだと言うことで、アクセス履歴を調べると、私の小学生の息子の方ではなく高校生の息子が、エロサイトを訪問してしっかりお持ち帰りになったことが判明しました。何だ、これはまるで平成のネット梅毒じゃないか。特効薬があったからよかったものの、このままではパソコンが使い物にならなくなるところでした。
我が家のパソコンは、テレビがある居間の、誰もが見えるところにあります。エロサイトを訪問すれば誰かにすぐ目撃されるはずですが、これは小学生の息子と共謀して悪さをやっていたに違いありません。男の子はこう言うことがあっても良いのだと言う教育方針ですが、ウィルスだけは困ります。
早速エロサイト訪問禁止令を出し、これはスパイウェアであるとかアドウェアと言ってとっても恐ろしいウィルスなんだよ、感染するとパソコンが使えなくなることもあるから、絶っっ対!変な場所へは行ってはいけませんよ、と教育しました。
一昔前ならリアルな世界で子供に注意していたセリフが、今やネット社会にそのまま移ってきているんだなと、あらためて実感する出来事でした。 KAI
本日創刊の「日経ビズテック」に、『ビジョナリーカンパニー』著者のジム・コリンズが特別寄稿を寄せています。この中に、すばらしい記述がありますので、引用します。
偉大な企業の勃興と没落を長い歴史の中で見ていくと、技術革新は偉大な企業の勢いを加速する要因にはなるが、偉大な企業への飛躍や偉大な企業の没落の主因になることはない。偉大な企業はまず、規律の文化を築く。規律ある人材を集め、規律ある考えを確立し、規律ある行動をとる。 そして、自社が世界一になれる部分、経済的原動力になるもの、情熱をもって取り組めるものという三つの円が重なる部分においてビジネスモデルを構築する。技術はこの概念に基づく事業を強化するために用いるのであり、この概念に代わるものにはなりえない。
この『規律の文化を築く』と言うのは、CEOは大変(続き)の中で、
私が理解するのは、なかなかうまい表現ができませんが、あえて言えば「身体感覚」あるいは「リアリティ」とでも言えましょうか。確実に企業運営に自信が持てるようになると、組織の隅々まで、神経が行き渡るようになります。テニスにおけるラケットであるとか、自転車を乗りこなせるようになった時の自転車であるとか、道具が皮膚感覚で使えるようになると、道具があたかも身体の一部であるかのように機能し始めます。企業という組織も、CEOの身体組織の一部として機能し始めた途端、CEOの意志に従って機能し始めるのです。
と書いたことと深く繋がっています。
更に引用を続けますが、この記述もCEOの「身体感覚」と関係しています。
偉大な企業を築く仕事は、巨大で重い弾み車を回転させるようなものだ。初めはゆっくりと一回転させるだけでも大変な努力が必要になる。だが、そこで努力を止めることはない。 常に同じ方向に押し続ける。二回転する。押し続ける。四回転、八回転、十六回転、三十二回転、六十四回転。勢いがつき、回転が速くなる。百回転、千回転。勢いが勢いを呼ぶようになり、百万回転、一千万回転と、回転が速まり勢いが強くなる。(中略)
それでは、巨大で重い弾み車を回転させ続け、偉大な企業へ飛躍するためのカギは何であろうか。少し前に幾つかの米国大企業が不祥事を起こし、結果として倒産する事態を引き起こした。この反省から、企業統治の仕組みを見直す動きが出てきている。
しかし、具体的にどのような企業統治の仕組みを採るのかよりも、誰が統治するのかの方がはるかに重要だ。この点を米国の議会と企業経営者は見落としている。決定的な問題は、取締役会の構造や経営者の報酬をどうすべきかではない。
カギになる問題はこうだ。誰に経営責任を与えるべきなのか。誰を取締役に選任すべきか。誰が主要な委員会の主要な地位に就くべきなのか。決定的な教訓は、何よりもまず、主要な企業や機関のトップに適切な指導者、私が『ビジョナリーカンパニー2』で指摘した「第五水準の指導者」が必要だという点である。(中略)
しかし有能な経営者が真のリーダーシップを発揮するには、第一水準から第四水準までの能力を持つことに加え、もう一つ「特別な要素」を持った第五水準に到達しなければならない。特別な要素とは何か。個人としての謙虚さと、職業人としての意志の強さという矛盾した性格を組み合わせて持つことである。
第五水準の指導者は控えめで追従を嫌うが、禁欲的なまでの決意によって、偉大な企業を築くために必要なことはすべて実行する姿勢を取る。野心は自分個人にではなく、偉大な企業の構築という大きな目標に向ける。我や欲を持っていないというわけではない。それどころか、信じ難いほど野心的である。だが、野心は何よりも企業や機関に向けられ、偉大な企業を築くことに向けられていて、自分自身には向けられていない。
この記事以外も非常に興味深い内容がありますので、ぜひ書店で買って読んで下さい。
CEOの「身体感覚」こそ、コリンズの言う「第五水準」の感覚です。企業にとってCEOが全てであり、CEOの意志、志(こころざし)次第で企業はどうにでもなります。フィオリーナやバレットも間違いなく「第五水準」に達したCEOです。
ここで冒頭の引用『規律の文化を築く』につながってきます。規律は言葉を生みます。その言葉が価値観を生み、価値観が行動を則す。この規律と言う仕掛けは、CEO自身の肉体を組織と「身体感覚」「皮膚感覚」レベルで一体化させます。
ここで初めて、CEOの志のすべてがいかんなく発揮され、偉大なる企業への階段を上り始めます。
正に、CEOは大変ですが、こんなやりがいのある職業は世界中他にありません。 KAI
eメールは、これからどう進化していくのでしょうか。昨日の続きです。
ビデオメールと言うカテゴリの形成
eメールは文字情報を扱うコミュニケーション手段ですが、写メールの登場で、状況が変わってきました。写メールは、FAXが電話から派生して一つのカテゴリとして進化したのと同様、ビデオメールと言う、一つの独立したカテゴリを形成すると考えています。
ビデオメールの方式には、この写メールの添付ファイル方式とi-modeのセンターURL方式がありますが、10年後、20年後のテラバイトの通信速度では添付ファイル方式が主流になり、URL方式は長時間のメール専用と棲み分けて行くと言うのが考えられる選択肢の一つです。
HTMLメールは普及しない?
写メール同様画像を扱えるHTMLメールですが、私は普及しないと考えています。これは、「写メール同様」と書いたことが理由です。eメールとは「双方向」のコミュニケーション手段です。ところが、HTMLメールでは、受け取るのは全く問題ありませんが返信ができません。これでは「双方向」になりません。
ですから、文字によるコミュニケーションの手段としてはHTMLメールは普及しないと考えるのですが、画像情報と考えると話は別です。画像情報のeメールは、SMIL(スマイル)形式と言うビデオメールの1方式として生き残る可能性が考えられます。場合によって、他の添付ファイル方式、URL方式がこのSMIL方式に統合されることもあるかも知れません。
この場合、SMIL方式に不可欠なのは、メールレベルで直接編集できるSMILエディッター付きのメーラーです。SMILエディッターには、これを使用して送られてきた内容に手を加えるためのものですから、マルチレイヤーで編集できる編集システムにおける校正作業レベルの機能が必要です。もしこれがリリースされればキラーアプリケーションとなるのは間違いありません。
いわゆる知的生産用グループウェアとして、全く新しいジャンルを切り開くことになると思います。 KAI
ケータイでインターネットのeメールと直接やりとりできたのは98年JーPHONEのSKYWALKERが最初だったと思います。i-modeが99年3月です。これ以降PHSユーザーが一斉にi-modeとSKYWALKERに走り、かつ、パソコンのeメールユーザーまで取り込んで、お互い急速にシェアを拡大しました。(i-modeと同じコンセプトのはずのL-modeは泣かず飛ばずでしたが、これはNTTにとれば不思議でしょうがないと言ったところでしょうか)
インターネットの普及とともに急速にeメールの有用性が認識される中で、ケータイからeメールが使えるようになったのは大変な進化であり、ケータイの普及にとってeメールがキラーアプリであったことは間違いありません。
次に、J-PHONE(現vodafone)の写メールです。ケータイとデジカメの合体によりJ-PHONEは急激にシェアを伸ばしました。写メールもキラーアプリでした。
ヤフーBBはADSLユーザーを爆発的に増やしました。これは、ADSLの通信容量が直接の原因ではなく、ADSLの常識を越える低価格の定額制が普及の根本要因であったと言われています。定額制により常時接続が可能になって、eメールを含めたインターネットのすべてのアプリが、ADSL普及のキラーアプリケーション化したと言えます。auのこの2年間の急成長の原因も、これと全く同じ構造です。FOMAも、これに追随することで、やっとシェア拡大の薄明かりが見えてきました。
こうして一連のキラーアプリケーションを見てみると、IT関連機器やサービスにとってeメールがいかに重要な働きをしているか明かです。
コミュニケーションの手段としてのeメールは、他の方法に比べて、即時性を備えながら互いの都合を気にしないでコミュニケーションできる唯一のものであり、今や電話と並ぶ2大コミュニケーション手段に成長したと言っても言い過ぎではありません。
このeメールは、これからどう進化していくのでしょうか。以下明日。 KAI
今週は忙しくて、「CEOは大変」の続きを書きかけて、放っておいたら、グッドタイミングでCNETにインテルCEOのインタビュー記事インテルCEOがIT業界にモノ申すが出ました。
インテルCEO Craig Barrettが心底楽しめることが1つあるとすれば、それは自分への批判が間違っていたことを証明することだ。3年前、ウォールストリートは、Intelの過剰な設備投資に批判的だった。しかし、元スタンフォード大学工学部教授で1998年3月にIntelのCEOに就任したBarrettは、自分のプランを頑として変えなかった。そして、この投資のおかげで、Intelは景気が上向き始めた時には、ノートPCやサーバ向けの新しいチップを量産できる状態になっていたことから、結局は同氏のほうが正しかったと証明された。
フィオリーナも同様に後から自分が正しかったことを証明できることを祈っています。ゲームと同じように結果は確実に出ます。バレットやフィオリーナが自分の信念を変えないで頑なにそれを貫き通すのは、他人には見えていないものが、彼らにははっきりと見える何かがあるからです。
何かとは何か。
私が理解するのは、なかなかうまい表現ができませんが、あえて言えば「身体感覚」あるいは「リアリティ」とでも言えましょうか。
確実に企業運営に自信が持てるようになると、組織の隅々まで、神経が行き渡るようになります。テニスにおけるラケットであるとか、自転車を乗りこなせるようになった時の自転車であるとか、道具が皮膚感覚で使えるようになると、道具があたかも身体の一部であるかのように機能し始めます。企業という組織も、CEOの身体組織の一部として機能し始めた途端、CEOの意志に従って機能し始めるのです。
そこで重要になるのが、どうなるか、ではなく、どうなりたいか、です。
この意志が確固たるものであればあるほど、それは、身体感覚として、具体的な道筋が、当の本人の目に明確に示されるのではないかと考えます。
CEOは大変ですが、最高のゲームを、シミュレーションではないリアリティそのものの世界で体験できるのは、CEOならではの最高の特典です。 KAI
経営とはゲームであるとはよく言ったものです。
ユニクロの渋谷のマークシティの事務所であるとか、柳井さんが世田谷に200億の邸宅を建てたとか、これでユニクロは終わりだと思いましたが、若いCEOを入れることでこの危機を回避しようとしています。
HPのフィオリーナのインタビュー記事フィオリーナ:「ねらいは1兆ドル市場」--HP、強気の見通しを発表を読みながら、企業にとって経営者の意志、志(こころざし)、以外にないのだなと思います。
ITの将来を予見しながら、自社の経営資源を、どこに重点投下するかは、正にこの意志以外にありえません。
以下、次回に書きます。 KAI
日経BPのITプロに「ケータイのトップ画面はWebブラウザになる」、オペラ副社長という記事があるのをCNETの渡辺聡さんがBlog携帯端末のオープン化を仕掛けるOperaのビジョンで紹介しています。
Operaがどこまでやれるかは不確かですが、これに対して渡辺さんのコメントです。
高解像度の端末ディスプレイとOperaブラウザが広まると携帯でのネット利用がPC型に近づく。まず変わるのが広告媒体としての位置づけだが、認証や決済までがPC側のインフラと繋がるようになると、携帯専門にサービス提供をしているベンダーは微妙な立場に立たされる。オープン化を引き起こすとなると業界のプレイヤーが一変してしまう可能性が出てくる。たかがブラウザと侮ってはいられない
渡辺さんも指摘されている通り、たかがじゃありません。こういった情報こそ、10年、20年先のインフラに決定的な影響を与えるのです。
アクセスとか携帯用ブラウザメーカー対Opera。
いえいえ違います。こんなうまい話、MSが黙っているわけがありません。
恐らくMSは、今年の11月を目処に、携帯用IEを発表するはずです。携帯用IEはあらゆる携帯端末でそのままパソコン用ホームページが見れるようになる。なぜなら今の携帯のハードウェアの能力はMSが目指しているパソコンの能力に限りなく近づいていて、一方、ハードウェアのメーカーも開発競争の激化で、OSも含めてオープン化に向かわざるを得ない状況に追い込まれているからです。
これが来年になれば雌雄を決する状況になってしまいますので、MSにとって今年が参入のリミットだと見ています。 KAI
なんだか映画のタイトルのノリになってきましたが、具体的な方法の提案を考えます。
私は前々回に次のようなことを書きました。
このことから、結論を先に言えば、表現上のリアリティの問題(コード情報)ではなく、意味上のリアリティの問題(モード情報)こそがキーポイントである、と言うことになります。つまり、今のゲームは表現上のリアリティを追求する余り、かえって表現上のリアリティが、意味上のリアリティのじゃまをしていると言うことです。この仮説が正しいとすれば取るべき道が自ずと見えて来ます。
■意味上のリアリティをどう実現するか
■意味上のリアリティのじゃまにならない表現上のリアリティをどう実現するか
つまり、現在のゲーム業界の沈滞の原因は、ゲームの中からの意味上のリアリティの喪失感によるものであり、これに対してパート2で取り上げたように任天堂の宮本さんは1:1のゲームに戻ることで意味上のリアリティを取り戻そうとしているのだと考えることが出来ると言うことです。
このアプローチ自体は、これはこれで間違っていないと思うのですが、何か、ひっかかるものがあります。
それが何か。
ゲームの中に意味上のリアリティを感じるのも失うのも、すべてゲームをやる人間です。当たり前ですがゲームの中に意味上のリアリティが存在するわけではなく、人間側にこそ意味上のリアリティがあるのです。既にこの意味上のリアリティを獲得してしまっている古い世代は、「パックマン」と聞くだけで十分リアリティを感じることが出来るはずです。
しかし、今の新しい世代は、私の息子のように、もちろんちょっと前まではGCやPS2をやっていても「パックマン vs.」というゲーム自体は彼らの世代にとっては新しいゲームであり、どんどんリヴリーに対するリアリティが大きくなる中で、これがそのまま意味上のリアリティを感じるゲームになるかは、はなはだ疑問です。
ゲーム空間というテレビの中のもう一つのリアルランド
この議論をしながら、薄々感じてはいたのですが、なんだかこれってネット社会のリアリティの話と構造は同じじゃないかってことです。
しかも、前々回に、
インスタントメッセンジャーと言えば松村太郎さんのBlog大学サークルの新歓活動もメッセンジャーでにSFCの状況が書かれていますが、これを読むと、なんだかSFCのキャンパスがリヴリーアイランドの一つに見えてくるのが不思議です。
と書いたように、ネット社会とゲーム空間がオーバーラップさえしています。
実は、これが、今回の問題を解き明かす一番重要なヒントだったのです。
ゲーム空間とは、一つの虚構の世界です。この虚構の世界の中で、自分というキャラクタが戦い、考え、悩み、苦しみ、歓喜して楽しむのがゲームであると定義できます。ただ虚構の世界といえども、その中で自由自在に戦う(プレイする)ためにはもちろんその世界のルールに習熟することが必要です。このルールがシンプルであればあるほど多くの人が参加できるゲームになります。
囲碁というゲームは、たった一つの基本ルール「目に石を入れられるのは周りの石を取れる場合だけ」で成り立っています。このルールによって地というリアリティが保証される仕組みは、ビューティフルとしか言いようがありません。だからこそキングオブゲームの一つとして、世界中の人々に愛されているのです。
ただ、ルールがシンプルであることは、ゲーム空間の中で意味上のリアリティを感じるための必要条件であっても、十分条件ではありません。
では十分条件とは何か。この話の答えでもありますが、このシンプルなルールを使って、現実という世界をいかにシミュレーションできるかどうか、このことが一番重要なことであり、十分条件になるというのが今回の結論です。シミュレーションするのは現実という世界の中の、何でもかまいません。囲碁は地(ジ)という形で現実の領地の奪い合いをシミュレーションします。リヴリーは、正に現実社会のキャンパス空間のコミュニケーションをシミュレートしています。
この現実世界のシミュレーションということが、ゲーム空間という虚構の世界に、意味上のリアリティを付与する装置の役割を果たしていると言えるのです。そしてこれは、今という現実世界に本当の意味で生きているゲームクリエイターにしか、この橋渡しの仕事はできないと思うのです。 KAI
昨日のゲーム業界の話の続きです。
今から10年ほど前、東京タワーの近くのとある居酒屋で、友人と飲んだときの話です。その友人と大の親友である任天堂の宮本さんが丁度居合わせて、3人でゲーム業界について侃々諤々話をしました。私の友人も皆さんよくご存じのゲームクリエイターですが、宮本さんも入って、ゲームの第一線で活躍している方の話は刺激的でした。
その場で、私はあるアイデアを宮本さんに披露しました。
当時、私はOGI(オープン・ゲーム・インターフェイス)なる概念を導入して、ゲームとゲームが相互につながって機能する(遊べる)仕掛けを考えていたのですが、このアイデアを宮本さんにぶつけたのです。宮本さんはニヤっとしたまま、何もコメントしてくれません。うーん、だめか。その場はその話はそれで終わったのですが、それから1年後に、あのニヤっの意味を知ることになります。
ポケモンだったと思いますが、赤外線でゲームとゲームが情報交換を始めたのです。
私が構想した世界はまるで違う世界でしたが、ポケモンを見た瞬間、あのニヤっの意味が理解できたのです。
ここでゲームが大きく変わり始めたように思います。今まで、長い間、ゲームというものは、0:1、1:1、2:1、だったものがここで初めてn:1のゲームが登場したのです。本来私の夢は、異種格闘技選手権だったのですが、同一門下、別部屋での混合戦がここにきて初めて実現したのでした。(バーコードバトラーも同時期だったかと思います)
まさに、ゲームが花札の延長線上からネットワークゲームに進化した瞬間です。
昨年末宮本さんが参加したイベントがあって、やっぱりゲームの原点は1:1であると意を強くしたしだいです。
n:1のネットワークゲームを含めて、具体的な沈滞打破のシナリオは明日書きます。 KAI
私の11歳の息子がはまっているゲームが、リヴリーとゴゴ市(ごごしと読む)というオンラインゲームです。
先日カード会社から何万円かの使った記憶のない請求が来るので調べたら、後者のゲームで、シード充電と称して料金が引き落とされていました。あわてて後者だけは退会させたのですが、今の息子にとってこれらのゲームがコミュニケーション手段として不可欠なものになりつつあるようです。
このゲームを使って何をやっているかと言うと、ゲームのインスタントメッセンジャーの機能を使っておしゃべりをしているのです。朝起きれば一番に画面に向かっておしゃべりをして、学校から帰ってきてまたパソコンでおしゃべりしてと、朝から晩まで、ずっとです。相手も、学校の同級生から、海の向こうの二十歳の学生からいろいろいるようで、年上のお姉さんには可愛がってもらっているようです。困ったモンだ(笑)。
インスタントメッセンジャーと言えば松村太郎さんのBlog大学サークルの新歓活動もメッセンジャーでにSFCの状況が書かれていますが、これを読むと、なんだかSFCのキャンパスがリヴリーアイランドの一つに見えてくるのが不思議です。
渡辺聡さんのBloginnovate or die:構造問題に突き当たるゲーム産業を読んで、こんなことを諸々考えてしまいました。
We are concerned about the current direction of the industry 任天堂の岩田聡社長がElectronic Entertainment Expo 2004でコメントした言葉である。 チップの開発は当面止まらないが、この進化こそが逆に自分達の首を絞めているというのが岩田氏の認識となる。 Looking at the past 20 years, as long as we could beef up the processing power, as long as we could make computer graphics approach realism, then people were excited about the result. 過去20年、チップのパワーを食い尽くすべくゲームは進化してきた。格闘ゲームはポリゴンになり、リアルな重力と身体観が取り入れられた。長編のRPGは映画のようになり、実際ファイナル・ファンタジーは興行的な是非はともかくとして、映画化に至っている。方向性は、よりリアルに、より現実に近く、である。 しかし、この方向性こそ危ないとする。 unless things changed people "would get tired of games" このままでは、ゲームは見向きもされなくなってしまう。
今のゲーム業界の沈滞の原因は何か、非常に重要な問題であり、かつ私自身のテーマとして、これを考えることが実は重要な意味を持っています。
抜け出すには、軸を変えるしかない。イノベーションの方向性をずらさなければならないというのが任天堂の考えである。 Mr Iwata hopes the DS will give games developers a chance to be more innovative as well as excite a new generation of gamers. In order to do this, touch panel and voice input systems will have big possibilities. 任天堂は音声とタッチパネルにインターフェースを変更することでアプローチしている。EyeToyにてアプローチするソニーも同様の視点から捉えられる。 この考えに対してTechnology ReviewがNintendo’s Woesという記事中で小さく反論を試みている。 Even the most “realistic” looking games, like Half-Life 2, are still a far cry from the real thing Humans don’t look convincing, they’re animatronic at best ? with worse lip-syncing than Britney Spears. John Carmack of id Software once said that this is why he prefers to feature zombies and mutants in his games; when a Pinky Demon lumbers awkwardly, no one notices. 映像表現や人間表現はまだまだ未熟でありリアリズムの方向性も掘りきれていないと。
以前私のBlogで、ネット社会のリアリティについて言及しましたが、このゲーム業界の問題も、正にネット社会のリアリティの問題と深く関わっているのではないでしょうか。
私の息子の例で言えば、リヴリーアイランドに住むキャラクター達は決してリアリティのある姿をしていません。しかしメッセンジャー機能がつくことでその背後にいる生身のキャラクターというリアリティそのものとして、息子には見えているはずです。
反対に、従来のロールプレイングゲームでは、ゲームの中の登場人物に対してプレーヤー自身が感情移入することで、ゲームの中のキャラクターの背後に、オンラインゲームのような相手の人間ではなく、自分自身という生身の人間のリアリティを感じていると言えるのではないでしょうか。
スポーツを含めて、競馬、麻雀、世の中のありとあらゆるゲームを考えてみれば、ゲームが楽しいと感じるのは、この「リアリティ」しかも「意味上のリアリティ」に尽きるのではないでしょうか。
このことから、結論を先に言えば、表現上のリアリティの問題(コード情報)ではなく、意味上のリアリティの問題(モード情報)こそがキーポイントである、と言うことになります。つまり、今のゲームは表現上のリアリティを追求する余り、かえって表現上のリアリティが、意味上のリアリティのじゃまをしていると言うことです。
この仮説が正しいとすれば取るべき道が自ずと見えて来ます。
■意味上のリアリティをどう実現するか
■意味上のリアリティのじゃまにならない表現上のリアリティをどう実現するか
意味上のリアリティをどう実現するか
生身の人間のリアリティに勝るものはありません。リヴリーのようなオンラインゲームは益々この方向で進化を遂げていくでしょう。
オフラインのゲームの行き着く先も最終的にはオンラインゲームと考えますが、オフラインでも様々な可能性がまだまだあると考えます。その一つが、占いです。占いをゲームに含めて良いかどうかは別にして最も古いゲームが占いではないかと考えます。この占いがなぜ人々の気持ちを惹きつけて離さないのでしょうか。
この理由は、占いというゲームが、自分や自分の家族、友人、恋人達の人生というリアリティそのものを対象としているからです。(考えてみればロールプレイングゲームも、自分の人生を二重写しにしているのかも知れません)
ゲームの形式は何でもかまいません。要は占いと同じように人生というリアリティを対象とするなら何でも良いのです。今の技術を持ってすれば膨大な人生に関するデータを駆使することで、全く新しいジャンルだって開発できるのではないでしょうか。
意味上のリアリティのじゃまにならない表現上のリアリティをどう実現するか
表現上のリアリティはゲームの楽しさには余り関係していないのではないかと言いましたが、意味上のリアリティの邪魔にならないリアリティとは、例えて言えば「似顔絵」です。似顔絵と写真の違いを考えれば私の言わんとするところを理解して頂けるものと思います。
表現上のリアリティを追求する余り、似顔絵が写真になってしまっているのではないかと言うことです。似顔絵が表現する意味上のリアリティと写真が表現するそれは、それぞれ全く別のものです。写真では、似顔絵が表現する意味上のリアリティは絶対に実現できません。ファイナルファンタジーの映画が失敗したのも原因はこれだと思います。
つまり、表現上のリアリティとは、生身の人間にいかに近づけるかとか似せるとかではなく、それ自体が独立した存在、表現というものがあるのだと言うことではないでしょうか。
ノバうさぎにあなたはリアリティを感じませんか。 KAI
昨日(5月31日)の昼過ぎ、CNETにYahoo! JAPANがGoogleからYSTへの検索エンジン切り換えを実施の記事(まだこの時点では「実施予定」の内容でしたが)が掲載された直後から、CNETのトップページにつながらなくなった。さすがにYahooもCNETも、影響力大だなあなんて感心していたら、原因がNTT Com、電源故障で大規模なサービス障害とは驚いた。
まったく人ごとではありません。当社も100社以上の会社に対して基幹業務のASPサービスをやっていますので、もしこんな事態になったら単なるクレームではすまされなくなります。
こういった上位のキャリア自体の障害が起こると言うことは、自社のデータセンターのサーバーや電源等の二重化だけではなく、回線自体の二重化も必要と言うことになります。これをユーザーに負担してもらうとなると、月額利用料を相当値上げせざるを得ません。
それにしても、これがインターネット社会の現実です。
どんなに立派なシステムであっても、そのインフラが安心して使えるものでない限り、こういったリスクから逃れられません。これが何を意味しているかというと、今私たちは大変な社会に踏み出そうとしていると言うことです。
大変な社会とは、何もかもがモニターの中でできるようになって、しかし、その実態は、物理的な実体を持たない通信という情報社会そのものであって、もしこのインフラが破壊されたら、一体その影響たるや想像を超える事態になるのではないか。
昔(と言ってもつい最近も)、銀行のATMがストップして、急遽窓口での無審査での出金を行ったことがありました。まだ窓口があればましです。窓口を持たないネット専用銀行も出てきています。銀行はまだましな方です。その他のサービスに至っては、電話掛けようにもその電話がIP電話しか使えないとなったら、もはや手も足も出ません。
つまり、今や、電気、ガス、水道と言った生命維持のインフラと全く同等のレベルまでインターネットと言うインフラはなりつつあると言うことです。果たしてキャリア自身にその意識、あるやなしや。 KAI