久しぶりにあおい書店まででかけていって、本を買った。きっかけはこのブログを読んだからであります。
それは
「お金持ちになる訓練法」
です。
僕のライフワークは「攻略」であり、過去、様々な分野こ攻略するために研究を重ねてきました。その中で、多くの人の興味の対象である「お金」に関して研究していた時期もあります。
特に熱心に研究していたのは2005年なのですが
この時期は、お金持ちの人を見かけたら話しかけて仲良くなったり、
直接会いに行ってお金の話を聞いたりしていたのですが、結局のところ、お金持ちになるための方法は
(きっとみなさんも聞いたことがあると思いますが)
他人を喜ばせることを楽しむ
ということでした。
(ウケる日記、お金持ちになる方法)
「まあフォードくんはすごい子やったで。フォードくんの作ったT型フォードは、世界で一五〇〇万台も生産されたんやからな。で、そのフォードくんがこんなこと言うてたんや。『もし私がお客さんに何が欲しいかとたずねたら、彼らは速く走れる馬を、と答えていただろう』この意味分かるか?」
(中略)
ガネーシャは「やっぱり自分にはわからへんわな」とにんまりして言った。
「ええか? 人の欲を満たすにはな、人に『何が欲しいんですか?』って聞いて回ればええってことやないんやで。もしかしたら人はこう言うかもしれへんやろ。『何が欲しいか分からない』。でもな、それでも人にはなにかしらの欲があるんや」
ガネーシャは続けた。
「人はな、わざわざ『○○が欲しい』なんて教えてくれへんのや。人が何を欲しがっているかをこっちが考えて、予想して、提案していかなあかんのや。人の欲満たす、いうんはそれくらい難しいことなんやで。そのことをフォードくんは誰より理解してたんや。人間には、もっと速(はよ)う快適に移動したいっちゅう欲がある。でも、当時、みんなが考えてたんは『馬がもっと速く走ればいいのに』ちゅうことなんや。でもフォードくんは、人の欲を満たすには、より速く、より遠くまで走るには、馬ではなくて機械に走らせなあかんことが分かってたんや。だからフォードくんは、馬やなく、T型フォードを作ったんやで」
(夢をかなえるゾウ 文庫版、飛鳥新社、水野敬也、2011/5/20、p.64-65)
アプリケーションに人は何を欲望するのか
この著書から引用したお話は、昔からよく聞くお話であります。ウォークマンしかりiPhoneしかり、お客さんに何がほしいかたずねても、誰も答えることはないのであります。しかしこの答えることのできないものにこそ、人が欲していたもの、そのものの答えがあったと言う真実であります。
さらにこれも昔から言われることでありますが、車が人の足の拡張であり、テレビは人の目の拡張、電話は耳、飛行機は翼の拡張であり、コンピュータは人間の脳の拡張であると。
今回は、このフォードが言うところの、お客さんが望む「速く走れる馬」をヒントに、人が望む「アプリケーション」とは何であるのか、これを考察するのであります。
コンピュータが人間の脳となった初期のころ、人は「速く走れる馬」と同じように「アプリケーション」を人の何と見なしたかといえば、それは「手作業」であったのであります。
EXCELのような表計算やワープロに始まり、経理や給与計算などあらゆる業務が「速く走れる手作業」に置き換えられていったのであります。
フォードの車が、この「馬」に置き換えられると、やがて人々は、「馬」のイメージはすっかり忘れ去り、人の足の拡張は「車」にとってかわってしまうのであります。
同様に「アプリケーション」もまた、あらゆる人間の「手作業」の拡張として機能し始めたのであります。しかしこれはまた、「アプリケーション」が再びかたちを変えた「馬」に戻ることを意味することでもあるのであります。
再び人々は「速く走れる馬」を求め始める。これに、21世紀のフォードはいかなる答えを見出すのか。
もちろんこれこそKAIの答えでもあるのでありますが、この答えをご説明する前に、いま一度、再び人々が欲し始めた「速く走れる馬」の正体、いったいぜんたいこれがなんであるのか。
なんと人々が求め始めているのは、「速く走れる馬」の「馬」が、「人間」そのものにまでエスカレートし、「速く走れる人」を欲しはじめているのであります。人馬は区別できるけれど、この「人間」を区別することはできない。
だから、人々は、人間を「奴隷」や「アンドロイド」型ロボットのように、無意識ながら考え始めているのであります。アンドロイド型ロボットの研究開発が著しいのも、この人々にある無意識構造の変化と決して無縁ではないのであります。
すでにこの被害は現実になりつつあるのであります。
これに、受託請負型のシステム開発が、「真面目」に答えていく。
「人」を「アプリケーション」に置き換えれば、確かに「早く走れる」かもしれないけれど、これで実現できることはただ一つ。現状維持。現状維持以上のものは、何一つ生み出されることがないのであります。
人々の創意工夫に貢献するはずの「アプリケーション」が、そうではなく、ただ現状維持にのみ使われる。そう言う「アプリケーション」を、「速く走れる馬」として人々が求めている。つまりはそう言うことなんであります。
これに21世紀のフォードが、異を唱えなければうそになる。
そしてこれを実現するのが、「アプリケーション」とは「組織図」と言う「ペリー」の発想。「組織図」の中にすべての機能が配置され、これを「人」が縦横無尽に使いこなせばいいだけ。
T型フォードに、ブレークとアクセル、それにハンドルが標準となったと同じように、「組織図」の中の「アプリケーション」にはMVCがインターフェイスの標準となって、「人」がこれを「ドライブ」していくと言う考え方に根本から変えていくのであります。
この「価値」を人々が理解し認めるようになるまでには、まだしばらくは時間がかかるけれど、KAIはこの普及を決してあきらめることはないのであります。 KAI