いささか時機を逸してしまいましたが、今年の全仏オープンは、きわめて得るものが大きい大会であったと言えるのではないかと思うのであります。
それは、トップレベルのプレーヤー同士の戦いにおいてゲームの勝敗を決する、その決定的要因とはいったいなんであるか。今大会の男子準決勝と決勝を観れば、これが手に取るように見えてくるのであります。
決勝
ラファエル ナダル/ロジャー フェデラー 7-5, 7-6 (7-3), 5-7, 6-1準決勝
ロジャー フェデラー/ノバック ジョコビッチ 7-6 (7-5), 6-3, 3-6, 7-6(7-5)
(全仏オープン (ATP)シングルス: 男子)
それは、今年になって全戦全勝のジョコビッチの存在であり、その彼に今年4連敗と一度も勝っていないナダル、同じく3連敗のフェデラーと、この三人の関係であります。
大方の大会前の予想では、準決勝でフェデラーに勝ったジョコビッチが、そのまま決勝でナダルをやぶっての優勝でありましたが、結果はご覧のとおり、ジョコビッチは準決勝で敗退、ナダルの優勝とあいなったのであります。
大会前の予想通り、もしジョコビッチが準決勝でフェデラーに勝っていたならば、これまた決勝でナダルに勝って優勝したのはまず間違いないのであります。しかし、そうはならなかった。
そのポイントは、二つ。
■ミスショットがきわめて少なくなるからエースでしか決まらない。
■エースを取るにはアンティシペーション外ししかない。
一番目は、トップレベルの選手同士の戦いですから、つまんないミスがきわめて少なくなるのは当然と言えば当然ではありますが、こうなってくるとポイントを得る方法はエースしかないのであります。
しかし、このエースも簡単には決まらない。
たとえばサービスエース。レシーバーを外に大きく追い出すサービスも、レシーバーがここに来ると予測していれば、逆にストレートのリターンエースで逆襲されてしまうのであります。
つまり、相手の予測(アンティシペーション)の裏の裏をかくショットの繰り返しでしかエースを取ることができないのであります。
これをいわゆる「心理戦」と呼ぶのでありますが、この「心理戦」における選手同士の「相性」と言うものの存在こそ、今大会ナダル優勝の秘密を探る大きなポイントなんであります。
すなわち、3人の相性はこうなっているのであります。
ジョコビッチ > ナダル
フェデラー > ジョコビッチ
ナダル > フェデラー
これはすなわち「三竦み」であります。
これを見れば、なぜナダルが優勝したかが、一目瞭然なんであります。ナダルにとって決勝でジョコビッチにあたらないようになること、すなわち準決勝でジョコビッチがフェデラーに敗退することが絶対条件であったわけであります。そして案の定、フェデラーに負けた。
すべて「相性」通りの結末であったのであります。
それにしてもこの「相性」、なぜ「三竦み」なのか。
それを説明するのが、勝負における「相性」とは「アンティシペーション」のことであると言う真実なんであります。
両方から見て「相性」がいいなどと言う相手は、いない。必ず「相性」が良い相手は、相手から見て「相性」が悪い相手となるのであります。
なぜか。
これを「アンティシペーション」すなわち「予測」で考えると、容易に理解ができるのであります。つまり、「相性」の良い相手は「予測」しやすい相手であり、「相性」の悪い相手は「予測」しにくい相手であると言うことなんであります。
更にもっと言えば、「相性」の良い相手には、相手の「予測」を外しやすいし、相手の「予測」を外すこと、すなわち「裏をかく」ことの難しい相手が「相性」が悪いとなるのであります。この「裏をかく」ことの難しい相手から見れば、相手が「裏をかく」ことを「予測」できると言うことでもあります。
これらのことを整理すると、この「予測」や「アンティシペーション」の意味が、「相手の気持ちがわかる」かどうかと強く関係していることに気付くのであります。
それも、頭で考えて「相手の気持ちがわかる」のではなく、無意識レベルで「相手の気持ちがわかる」かどうかがきわめて重要なんであります。
これが、この3人の「三竦み」の関係を生み出している。つまりはこう言うことなんでありますが、ではなぜジョコビッチに3連敗だったフェデラーの「相性」がこのジョコビッチに対して良くなっているのか。
これは実はジョコビッチは関係なくてフェデラー自身の問題であり、これがファミリーシートの中でふくよかでおだやかな表情をみせるミルカを見れば、すべて納得のいく話なんであります。
お話は、だいたいこれでお仕舞いなんでありますが、ひとつ気になることと言えば、人はなんで無意識に「相手の気持ちがわかる」のでしょうか、と言うこと。ま、これは次回のテーマと言うことで。 KAI