ボルト、驚異的な男子陸上100メートルの世界新記録です。
タレントの覚醒剤などと言うちまちました話は、どうでもよろしい。
ボルトは、人類数十億人の進化の最前面にいて、一人戦っている。いや、一人ではなかった。男女合わせて、次々とこのジャマイカの選手達が、人類進化の最前面に登場し始めた。
はたして、これが意味するものは、いったいなんなんでしょうか。
勘のいい人は、もうおわかりでしょう。
そうです、今目の前に見えているボルトの肉体は、もっと大きな肉体の分身にすぎないのです。この大きな肉体が、いまのいま、ここジャマイカに現れた。そう言うことであります。決して一人の力では、世界記録など更新できないのです。
つい先日亡くなった古橋廣之進。かれもまたボルト同様、いまから60年前第二次世界大戦終了時の日本社会に現れた大きな肉体の分身として、世界新記録を次々と樹立していったのです。
この話から、二つのことが言えます。
まず一つ。それは、人の身体と言うものは、見た目はそれそれ別々に分かれているようでも、実のところはしっかりと繋がって一つの大きな肉体として存在していること。
二つ目。ですから、新記録や、あるいはノーベル賞などと言うものは、決して一人でこれを獲ることができるものではない、と言うこと。
すなわち、9秒58を超える世界記録は、もちろんボルトがどこまでこの記録を更新するかですが、しかし、この彼のつぎの限界を超えることができるのは、一人の個人ではなく、一つの大きな肉体であり、これがもしかしてインドなる彼の地に現れるかも知れない。
大気の流れとは、そう言うことであります。 KAI