実りの秋。この3連休は、収穫が一杯。といっても、秋の味覚ではなく、知覚の方の収穫です。ものごとの本質を理解することにより得られる力を、まざまざと見せつけられる事例が3つ。
一つ目は、NHKホリデイインタビューで紹介された、福島大学陸上部監督川本和久氏の話。
北京オリンピックでは、日本は陸上女子1600メートルリレーに初めて出場を果たしました。
4人の選手はすべて、東北の国立大学、福島大学の学生と卒業生でした。
川本和久監督(50)が、雪の中で指導を始めて24年。
雪国、有力選手が集まりにくいといったハンデを克服した背景には、カール・ルイスのコーチに学んだ「速く走るための理論」と川本さん流の学生との向き合い方がありました。
(「ここから世界を目指せ〜福島大学陸上部監督 川本和久さん〜」)
彼が、米国に留学中、カール・ルイスのコーチから言われたことです。
なんならカールに2メートル後ろからスタートさせようか?
川本が、もうしっかり走る技術について学んだ後、カールのコーチに向かって、肉体的なハンディーを口にした時です。みな公平にスタートラインに立っているんだよ、君(川本)は、スタートする前からすでに2メートル後ろに立っているんだ、と指摘されたのでした。
そうか。そうか。そう言うことか。
川本は、気付きます。どんな環境であれ、どんな肉体であれ、みな同じスタートラインに立っている。心理面ですでに後ろに立っていては、勝てる勝負も、絶対に勝てない。
目覚めた川本は、帰国して、すぐに実績を出します。その一人の、100m日本記録保持者、雉子波(きじなみ)秀子。のちに川本は、雪の降り積もった競技場で一人黙々と雪かきして練習を続ける彼女から、コーチとは何かを教えられることになります。
雉子波が大学卒業後小学校教員をしながら選手を続ける内、壁にぶつかり、悩み続けます。もう止めようと決心して、川本の元を訪ねます。ここで彼は、ひたすら雉子波の話を聞き続けます。コーチとは、選手にとって技術を教える存在だけであってはいけない。コーチは常に選手を励ます存在でなければいけないと、川本はここで初めて教えられたのでした。
この時川本は、福島の街明かりが見渡せる高台に行きます。視界に拡がる街明かりの、一つ一つの明かりの中に、家庭があり、一人一人の人生があることに、初めて思い至ります。まさにKAIが、「大気」から「気分」に目がいって初めてものごとの本質が理解できたようにです。
雉子波と同い年の女の子たちは、彼女が一人雪かきしながら練習をしている時に、着飾って暖かい部屋の中で彼氏と食事をしている。雉子波の人生。もくもくと雪かきを続ける彼女の姿が瞼に浮かんで、川本は涙が止まりませんでした。なにがあっても彼女を支え続けようと、川本は決心します。
事例、2番目。
野球の松坂大輔。新聞記事によると、松坂は野村克也の書いた「無形の力」を読んで目覚めたと言う。
さっそくアマゾンに注文して、該当の箇所を読んでみた。野村がヤクルトの監督時代、新人投手の川崎に、当時投げると肘を壊すと言う理由でみな避けていたシュートをマスターさせた話。これによって川崎は、投球のバリエーションが格段に増え、その年12勝をあげ、新人2年目にしてローテーションの一角をしめるようになったとのこと。
この話が松坂にとって何のヒントになったかは分かりませんが、ものごとの本質に気付くとはこう言うことです。大リーグ挑戦以来、松坂の150キロを超える速球を軽々とバックスクリーンに持っていく打者がごろごろいる現実を目の当たりにして、これをいかに押さえるか悩みに悩んでいた時の話です。松坂にとって、シュートと言う球種のタブーを破ること、内角へ食い込む球種を加えることの意味が、彼の勝負師としての直感に直接触れ、たちまちものごとの本質を見抜くことができたのです。
今の松坂に、今ひとつ不満のKAIにとって、この話でやっと意味が理解できました。それは今の松坂が今ひとつかっこよくないわけが、絶対に負けない自信の裏返しだと言うことだったってことです。
事例、3つ目。
柔道の石井慧。体育の日特集、NHKスペシャルを観て、やっと彼の「凄さ」を理解しました。日本柔道全滅の中、なぜ彼が、柔道の中の柔道、100キロ超級で金メダルをとることができたのか。
柔らかい考え方を持った男だけが勝つことが出来る。
我慢して、我慢して、最後に一番欲しいものを神様は与えてくれる。
彼は、気付きました。「柔道」と「JUDO」は違うと。日本柔道の不振は、日本柔道界の「柔道」から抜け出せない凝り固まった考え方に、その原因があることに石井は気付きます。2008年2月オーストリア国際で優勝はしたものの、これをいやと言うほど理解した石井は、オリンピックに向けて二つの特訓を開始します。
その一つは、レスリングや相撲の技を次々と取り入れているヨーロッパの「JUDO」対策です。それは一本による勝利ではなく、ポイントによる勝利と同義です。ポイントで勝っても勝ちは勝ちです。ヨーロッパの選手は、寝技に入る前のところからでも投げを打ってくるように、どんな体勢でも技を仕掛ける練習を積み重ねています。組み手ではなく、相撲のとったりのように足を取りに行く練習を、何度も何度も繰り返している。
これに対抗するには、同じ技を石井から早め早めに仕掛けていく。しかし決して技をかけない。すると相手は受けるしかなく、やがて「指導」をとられる。わずか1ポイント。これが後半に効いてくる。
そのまま二つ目の特訓に繋がる話です。石井は、5分の試合時間に、ヨーロッパの選手が3分たって急にパワーが落ちることに気づきました。それなら自分は5分パワーを維持できれば、試合に勝てる。試合開始から3分後「石井ちゃんタイム」のスタートです。この時間に技を掛けに行く。すでに指導で1ポイントリードされている相手は、更に苦しくなる。まさに、1ポイントでも勝ちは勝ちの勝利です。
これに、型にこだわる日本柔道界は、対応できない。実力は日本が上などと、負け犬の遠吠えを繰り返しても、誰も見向きもしない。
今の松坂同様、かっこうは関係ない。この勝ちにこだわる石井の柔道を、日本柔道界は異端扱いするけれど、かつての金メダリスト斉藤仁監督が日本一を保証する、石井は練習の虫。そんじょそこらのはねっかえりとわけが違うことは、冒頭のインタビューの石井の答えが証明しています。
5分間のパワーのために、ひたすら持久力をつけるためのトレーニングを繰り返す。きわめて合理的、論理的です。これが(JUDOと言う)環境に適応するだけの柔軟な思考の重要性、すなわちものごとの本質に気がついた男の結論であったとは、ただひたすら「石井偉い」、「石井お見事」と言うしかありません。 KAI