この本「やわらかな生命の時間」(秀和システム、井上 愼一、2006/10)に、KAIが以前から理解していた理由以上の、納得いく説明がありました。
いちばん簡単なこの説明は、たとえば一年の長さを、自分の生きてきた人生全体に対する割合で説明するものです。一年は、一〇歳の子供にとっては、自分の人生の一〇分の一だけれど、六〇歳の人にとっては、人生の六〇分の一にすぎません。ですから、六〇歳の人の一年は短いのだといいます。(p.210)
この説明が、KAIがこの本を読む前まで信じていた、そのもっとも確かな「理由」であったのですが、これより、もっと納得いく説明がこれです。
心理学で使われる短時間の時間評価も、歳をとると長くなることが確かめられています。他に気を引かれるようなことがない静かな環境で、三分が経過したと思ったときにキーを押してもらう実験をします。すると、小学生や中学生は、三分より前に三分たったと思うのに対して、六〇歳、七〇歳の方は、三分より二〇秒も長く経ってからそれを三分だと思っていることがわかりました。(中略)時間が速くなるのではなくて、本当は自分の心理的時間の進む速度が遅くなったのだということです。(p.210-211)
そしてこの時間が遅くなる理由は次のとおりです。
脳の記憶機能に基づいた説明もあります。新しい事柄は、脳の海馬というところで振り分けられて、記憶としてそれぞれの場所に蓄えられます。これは5-2節の「記憶が時間を感じさせる」の項で説明しました。この記憶振り分けの回数が、時間の長さになるという説明です。たしかに、海馬を損傷すると、時間がなくなってしまうことはすでに説明しました。歳をとると、現実に遭遇する経験はすでに脳に蓄えられた記憶に残っていることが多くなってくるので、新たに海馬を経由して脳の記憶領域に振り分けられるでき事は少なくなってきます。ですから、回数が減り時間が短く感じられるようになると、この海馬説は説明します。(p.211-212)
もう完璧に納得です。(ここに書かれている意味での回数が減って直接時間が短く感じられるようになるのではなく、この記憶振り分けの回数が減る、時間のカウントが減る、すなわち心理的時間が遅くなると言うわけです)
かけがえのないものに与える愛情とは時間
しかしこの本は、「ポケット解説」などと言う実用書の装丁に反して言珠にあふれる良書です。
「星の王子さま」は、サン=テクジュペリが残したファンタジー小説です。(中略)
王子さまは、地球でキツネと友達になります。友達になってくれたお礼に、キツネは秘密を教えてくれました。その部分を引用します。
「じゃあ秘密を教えるよ。とてもかんたんなことだ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」
「いちばんたいせつなことは、目に見えない」忘れないでいるために、王子さまはくり返した。
「きみのバラをかけがえないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」
「ぼくが、バラのために費やした時間・・・・・」忘れないでいるために、王子さまはくりかえした。(河野万里子訳、新潮文庫版)
王子さまは、何の変哲もない普通のバラを大事にしているのですが、同じようなバラがたくさん咲いているを見て、自分のバラがみすぼらしく見えていたのです。大事なものは目に見えないということや、かけがえのないものに与える愛情とは時間なのだということを、これほど訴える文章をほかには知りません。(p.207)
人と人との関係も、やはり時間です。自分たちが共有した時間にこそ、その意味があります。時間を細切れにしすぎて、その一つ一つを大事にしないで、おろそかにする。今の人々の病理そのものです。
そう言う意味で、次のセリフもなかせます。
エンデが書いたファンタジー小説「モモ」は、時間泥棒から時間を取り戻す話です。(中略)
この物語は、時間に追われ、あくせくと効率だけを求める現代社会に、「失われてしまった貴重な時間のことを思い出せ」と訴えかけています。物語の中で、マイスター・ホラが言う言葉を紹介しましょう。
「人間というものは、ひとりひとりがそれぞれのじぶんの時間をもっている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ生きた時間でいられるのだよ」(エンデ、モモ、大島かおり訳)。(p.153)
時間がじぶんのものである自覚を持てる人は、しあわせです。大半の人は、じぶんの時間が奪われていることに無頓着です。にもかかわらず、他人の時間の中で自分探しと言う自己矛盾の毎日に明け暮れる。じぶんの時間の中にこそ自分があることに気づかない。時間のモルモットたる所以です。
そしてじぶんの時間と、王子さまにキツネが教えた秘密である「心で見」ること、すなわち内省とは一体不可分。今の人たちに決定的にかけているのが、この内省です。
やわらかな生命の時間は、内省の連鎖を生みます。 KAI