前回、今回のKAIの言語論の試みが、言語構造論と関係しているとのことを考えていると申しあげたのでありますが、この言語構造論について、ひとことコメントしておく必要があるのであります。
それは、チョムスキーの生成文法を含めての言語構造論であるのでありますが、基本的に、例えば生成文法における、深層構造と表層構造の文法を、「同じ」言語形式で記述することに対する、論理的不整合について言及することが、KAIの当面の目標としているのであります。
つまり、こういったチョムスキーの階層構造の流れをくむ、Siriなどの自然言語処理に対して、これは決して、言語の本質に迫ることができないと言うのが、KAIの考え方なのであります。
いきなり、核心にふれるお話をさせていただいたのでありますが、現在行われている言語論の欠陥は、言語を「文字」で記述できると言う、根本的誤解であります。
KAIに言わせれば、まったくもって、その順序関係は逆なのであります。まず最初にあるのは、文字ではなく「オト」であります。文字とは後から「オト」を記述するために生み出された、二次言語に他ならないのであります。
であるにもかかわらず、言語論の論文の99%は、言語を文字で記述することによって論述するのであります。
言語とは、前回までのエントリーで述べましたとおり、「オトのネットワーク」なのであります。
すなわち、文字によって記述される文法が基本にあるのではなく、根源的な、言語の元素とは「オト」であり、この「オト」がネットワークとして作用することにより、言語としての機能を発揮しているのであると、KAIはかように考えているのであります。
この基本的スタンスの違いは、決定的なのであります。
と言うことで、次回からは、この「オト」の記憶がいかなる形で行われるのか、そのメカニズムに迫ってみたいと思うのであります。 KAI
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