私たちの祖先が、たった二人であった時代のお話であります。
つまり、アダムとイブ。
この二人の会話を、いまシミュレーションしようと言うわけであります。
もちろん、二人にとって、自分たちの出生の秘密も、なぜそれぞれの両親がいま不在なのかも、ましてや、いまなぜ、地球上に突然二人が出会って、一緒に暮らし始めなければいけなくなった、その理由さえ、誰も教えてくれないのであります。
そんな状況の中での、二人の会話をシミュレーションしようと言うわけでありますから、基本的に、「言語」なるものは存在しないのであります。
あるのは、二人の人間のみ。
例えば、アダムがイブに、小便したいことを伝えるとする。当然、ジェスチャーで伝えることができるのでありますが、今回はジェスチャーではなく、これを言葉でいかに伝えようとしたか、これをイメージしようと言うのであります。
これは英語で「pee」と書くのでありますが、言語がない二人の世界にとって、文字はないのであります。つまり、あるのは、「ピー」。
つまり、さまざまな感情、欲求、記憶を、まずもって、「ピー」と同じようなオトに対応させていたのではないかと、かように想定できるのであります。
これは、名詞と言われる品詞が、具体的に存在する事物にとどまらず、感情や欲求といった人間の脳が生み出したありとあらゆるものまでにも、それにオトと言うラベル付けしていたことは、まず間違いないと思うのであります。
言い換えれば、あらゆる人の気持ちに対応するオトが存在していたと言うことであります。
と言うことは、であります。
人の脳の世界とは、オトの世界であると言えるのであります。
ありとあらゆるオトが、その不可思議なルールで記憶として存在する世界こそ、言語空間と言うわけであります。
そして、この、それぞれの人が持つ固有の言語空間と言語空間の間が、いかなるメカニズムで繋がっているのか、これを理解することこそ言語理解の本質に迫ることができると言えるのであります。
と言うことで、永年の研究テーマでありますところの言語について、やっとその答えが見え始めましたので、いよいよこのテーマでエントリーをスタートさせることにしたのであります。
いま見えていることを簡単に記述すると次のとおりになるのであります。
・人の心の中の言語とは、オトのネットワーク空間である。
・相手の人に、意思を伝えようとするとき、すなわち人が言葉を発しようとするとき、その意思は、瞬間的に一旦関係するオトの集合として無意識に再構成される。
・言葉が発せられるのは、その無意識のオトの集合のうち、もっとも優先順位の高いものから順番に言葉として発せられる。
・この言葉を聞く方は、最初に聞くオトを起点として時系列に聞くオトの順列と、自分自身が持つオトのネットワークの中のオトを逐次突き合わせしながら、相手のオトを利用するかたちで、関係するオトの順列集合をを作り上げることで、これが相手の発した言葉であると理解することができる。
もちろん、この一人ひとりが持つ、一人の脳の中のオトのネットワークと、人間社会との間には一体不可分の関係があるのでありますが、これがいわゆる文法として形成されることになるのは、人類の文化史としては随分後になるのであります。
はてさて、この仮説をいかに立証していきますやら。
楽しみは増えるばかりであります。 KAI
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