「正統性」思想とは--辺野古とイルカとJR北海道

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新年になって起きる出来事のことごとくすべてが、正統性問題であります。

この正統性問題とは、このレポートを昔からお読みいただいています読者のみなさまにはおなじみの「正統性」思想が、あらゆる事象の本質にあると言う、そう言うお話なんであります。

そして、「正統性」思想を考える上で、きわめて重要となるキーワードが、時間軸上に存在する「意志」の力であります。

これが、さまざまな価値判断がぶつかりあう問題に対して、有効なる答えへの道筋を示すことができるようになるのであります。

と言うことで、まずは辺野古問題であります。

今回の市長選挙の結果は、いわゆる「民意」、すなわち住民の意志であります。

この「意志」に正統性があるのか。今回の問題について、まずはかように問うてみればよろしいのであります。

もちろんこれは深く検討するまでもなく、「否」であります。

なぜなら、「正統性」思想における意志とは、詳細なるこの理路のご説明は省かせていただくのでありますが、「肯定」の意志である必要があるのであります。

今回の移転拒否と言う意志とは、「否定」の意志であって、もっとも正統性からかけ離れた意志となるのであります。

では、今回の問題における肯定の意志とは、何か。

それは、沖縄から米軍基地の県外移転であります。

これについて、こんな意見もあるにはあるのであります。

沖縄の面積から言えば当然、小さな普天間基地は日本の防衛には今や全く必要ないのである。したがって、普天間基地は単純に日本に返還してもらえば良いだけで、わざわざ辺野古の海を埋める必要はない。
名護市長選の結果に思うこと、小林興起
確かに、直接普天間から県外に移設できれば、辺野古への移転は必要ない。

しかし、これが可能であるのかどうか、いったいいままで何年これを議論してきたのか。これをお考えいただくだけで、自ずとその答えは決まっているのであります。

さらには、中国との間で緊張を増す尖閣諸島問題と、北朝鮮の不穏な動きを考慮するなら、「小さな普天間基地は日本の防衛には今や全く必要ない」とは決して言い切ることはできないのであります。

かように考えますれば、長年と言う時間軸上の、県民総意と言う意志である「県外移転」へのまずは一歩となる辺野古移設にこそ、正統性があると言えるのであります。

そして続いての問題は、こちらであります。

米国政府はイルカの追い込み漁に反対します。イルカが殺される追い込み漁の非人道性について深く懸念しています。
キャロライン・ケネディ駐日米国大使、20:57 - 2014年1月17日
そうです、正月早々、めでたい気分をぶちこわした、あのケネディ大使のイルカ発言であります。

これをひと目お読みいただければ、主語が「米国政府」であることがわかるのでありますが、その真偽は別におくといたしまして、これは米国政府の意志であると、かように大使はつぶやいておられるのであります。

もちろん、この意志には正統性は存在しない。理由はさきほど述べたとおりであります。

でありますから、ああそうですか、と聞き流せばそれでお仕舞いな、そんなお話だったと言うわけであります。

と言うことで、つぎ。

と、言ってしまいますとあまりに手抜きとお叱りをうけてしまいますので、補足のご説明をば。ちょうどグッドタイミングで池田信夫先生がおもしろいことを書いている。

NYタイムズの田渕記者のイルカ事件についてのツイッターに英語でコメントしたら、予想どおりたくさん「反論」がきたが、合理的根拠は何もない。クジラやイルカを殺してはいけないのは、旧約聖書の教えだからである。

(中略)

イエスは、このようにユダヤ教の律法を絶対化する「パリサイ人」を批判することによって、普遍的な世界宗教を創造した。牛も豚も食ったことのない者だけがイルカ漁を攻撃しなさい――イエスはケネディ大使のような自民族中心主義を批判したのだ。
罪なき者は石もて打て

この池田先生のお話を、KAI式に要約させていただきますなら、キリスト教が説くイエスの意志の中にこそ正統性があるのであって、よってこの意志なるものの主体は米国政府足りえず、イエスの教えを忠実に守っている、正統性を持つ一人ひとりの国民である必要があると言うことであります。

この事実は、実に興味深いことにけつちゃんが指摘する、茂木健一郎の矛盾と言う事例にうまくあてはまるのであります。
>RT)「米国政府は」と言っているケネディ大使には「賛成」と言っておきながら、なぜ同じ口で『あくまでも主語は「私」だ。』などと言えるのだろう。茂木健一郎さんの論はいつも持論に偏重しているため、客観的に見ると矛盾が多い。
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と言うことで、最後の事例であります。

・改ざんが確認された現場においては、改ざんが常態化していた等の実
態も認められ、根深いものであることから、その根絶には、以下のよう
な多面的な視点で対策を講ずる必要がある。
(1) コンプライアンス(法令・ルールの遵守)の徹底等、改ざん問題に係
る企業体質・組織文化の改革
(2) 自動化された機器の導入やチェック体制の構築等、改ざんを防止す
るハード面・ソフト面での作業環境の整備
(3) 改ざんが行われた場合における厳しい処分環境の整備
JR北海道の安全確保のために講ずべき措置、―JR北海道の再生へ―、平成26年1月21日、国土交通省
昨年から大問題となった、件のJR北海道問題であります。

この引用は、昨日国交省がJR北へ出した業務改善命令の一部であります。

さて、この命令の内容を見て、いかが思われたでありましょうか。

KAI的には、強烈なる違和感が残るのであります。

それは、JR北海道と言う、1企業の「意志」の不在であります。

なんのために、JR北は会社を営んでいるのか?

これがまるで見えてこないのであります。

安全、安心。

こんなこと、当たり前の当たり前。

こんなことさえできていなかったし、国から言われないと、できない。そんな企業が、JR北であると言う。

当然のことでありますが、企業にとっての意志とは、創業理念であります。

JR北の前身が国鉄であるとはいえ、そのJR北に創業理念がなかったのであります。

代わりにあったと言うか、国鉄から引き継がれた「ある理念」が、創業理念にとってかわった。まことにもって不都合な真実であり、実はこれは、今回の改善命令においても、決して払拭される見込みはないのであります。

その「ある理念」とは、こちらであります。

「誰もはっきりとは言わないが……」。北国の大動脈でありながら、レールの異常放置など前代未聞の不祥事を連発するJR北海道。事情をよく知る複数の関係者は、原因についてそう声を潜める。「労働組合のあしき遺産、サボタージュが根底にないとは言い切れない」というのが一致した見方だ。
不祥事続きJR北で囁かれる 旧国鉄の“亡霊”・労組の影
そうです、あの年金問題の元凶である「サボタージュ」であったのであります。

橋下徹が戦う、大阪府市も、まったくもって同様であります。

この(元)公務員による問題こそ、正統性問題における、「偽りの正統性」問題に他ならないのであります。

すなわち、問われているのは、自分自身と言う「時間軸」上の「整合性」であり、「時間軸」上の「意志」の有り無しであります。

この「時間軸」上において、いかなる説明ができるのか。

これが「正統性」のすべてであります。

ものごとには、必ず、「善悪」、「正邪」の両面があるのであります。

しかし、「正統性」には、これがない。あるとすれば、偽りの「正統性」であります。
「正統性」思想とは−−正義と正統性

すでになんどもなんども、この偽りの正統性と戦うことの困難について述べてきたのでありますが、JR北もまた同様なのであります。

結局は、誰も引き受けないとは思うのでありますが、JALを救った稲盛さんのような人物に期待するしかない、とかようにKAIは切実に思うのであります。 KAI