まだ32歳と言う若さで、不運に苦しみぬいているのが、松坂大輔。
大リーグのインディアンズは26日、2日前にマイナー契約を解除した松坂大輔投手と契約条件を見直し、再びマイナー契約を結んだと発表しました。大幅に契約金をさげるための「儀式」であります。それにしても、なんでこんなことになってしまったのか。
松坂投手は先月、インディアンズとマイナー契約を結び、招待選手としてキャンプに参加しましたが、オープン戦で十分なアピールができませんでした。
この結果、今月18日に開幕に向けてメジャー昇格がないことを通告され、24日には球団側からいったんマイナー契約を解除されました。
この契約の解除は条件を見直すためで、松坂投手はそのままインディアンズで練習を続け、26日、新たな契約条件で再びインディアンズとマイナー契約を結びました。
(松坂 再びインディアンズとマイナー契約)
それは「運」である、と言うのが、その答えだったのであります。
「運」とは、何か。
これをご説明する前に、松坂の運勢にとっていまなにが起きているのか。しばし、これをご説明するのであります。
1980年生まれの松坂が、ボストン・レッドソックスでメジャーデビューを果たしたのが、2007年。弱冠26歳の春であったのであります。
すぐさまその松坂は、メジャーの巨大な壁に苦しむことになるのであります。
野球の松坂大輔。新聞記事によると、松坂は野村克也の書いた「無形の力」を読んで目覚めたと言う。このときの松坂を、かようにKAIはレポートしていたのでありますが、この野村克也の「無形の力」を読んだことが裏目に出たのであります。さっそくアマゾンに注文して、該当の箇所を読んでみた。野村がヤクルトの監督時代、新人投手の川崎に、当時投げると肘を壊すと言う理由でみな避けていたシュートをマスターさせた話。これによって川崎は、投球のバリエーションが格段に増え、その年12勝をあげ、新人2年目にしてローテーションの一角をしめるようになったとのこと。
この話が松坂にとって何のヒントになったかは分かりませんが、ものごとの本質に気付くとはこう言うことです。大リーグ挑戦以来、松坂の150キロを超える速球を軽々とバックスクリーンに持っていく打者がごろごろいる現実を目の当たりにして、これをいかに押さえるか悩みに悩んでいた時の話です。松坂にとって、シュートと言う球種のタブーを破ること、内角へ食い込む球種を加えることの意味が、彼の勝負師としての直感に直接触れ、たちまちものごとの本質を見抜くことができたのです。
今の松坂に、今ひとつ不満のKAIにとって、この話でやっと意味が理解できました。それは今の松坂が今ひとつかっこよくないわけが、絶対に負けない自信の裏返しだと言うことだったってことです。
(ものごとの本質を理解すれば君は勝てる、2008年10月13日)
新人投手の川崎に、当時投げると肘を壊すと言う理由でみな避けていたシュートをマスターさせた話。これによって川崎は、投球のバリエーションが格段に増え、その年12勝をあげ、新人2年目にしてローテーションの一角をしめるようになった案の定、肘を壊すことになったのであります。
2008年は開幕8連勝を記録するも、5月27日に右肩回旋筋腱板の張りを訴え、故障者リスト入り。6月21日に復帰し、前半戦は10勝1敗、防御率2.65、WHIP1.38を残したが、オールスター初出場はならなかった。故障の嵐であります。(中略)
2009年の第2回ワールド・ベースボール・クラシックでは、東京ドームで3月7日に行われた第1ラウンドA組の第2戦・韓国戦に先発し、初回に金泰均に2ラン本塁打を浴びたものの、以降は立ち直って4回2失点にまとめ、打線の援護もあって勝利投手となった。
(中略)
レギュラーシーズン開幕後は2試合連続で打ち込まれ故障者リスト入りする。復帰後は6月2日に初勝利を挙げたが、その後も打ち込まれ、21日に再び故障者リスト入りする。その最中に、日本のメディアに対して「この環境の中で練習を強いられ続けたら、僕は日本のようなピッチングはもう出来なくなるかも知れない」とチームの調整方法を批判したとも受け取られる発言をしたため[7]、謝罪することになった[8]。9月に復帰して以降は3勝1敗、防御率2.22、WHIP1.35と復調したものの、シーズンを通しては4勝6敗、防御率5.76、WHIP1.87とプロ入り以降もっとも悪い成績に終わった。この不振の原因について、日本のメディアへのインタビューでWBCの前から股関節を痛めていたことを告白したが、股関節痛を報告せずにWBCに出場し、オフになって日本のメディアに報告したことがシーズン中から松坂の不振の原因を解明しようと取り組んでいた球団の怒りをかった。そのため、再び球団に謝罪することとなった[9]。
(中略)
2011年のスプリングトレーニングでは東日本大震災を受けて岡島秀樹、田澤純一、正田樹と共に義援金を募った他[11]、100万ドルを寄付した[12]。開幕後は2試合で7イニング10失点を喫し2連敗したが、4月18日のトロント・ブルージェイズ戦で7回1安打無失点1四球3奪三振の投球で初勝利。23日のロサンゼルス・エンゼルス戦では8回1安打無失点3四球9奪三振の投球で2勝目を挙げ、15イニング連続無失点を記録した他、5月4日のエンゼルス戦では延長13回に8番手としてメジャー初となるリリーフ登板を経験(2死満塁から2点適時打を浴びて敗戦)[13]。しかし4月29日のシアトル・マリナーズ戦で途中降板するなど4月末から右肘に張りが生じ、5月17日に故障者リスト入り。一時帰国を経て31日にルイス・ヨーカムによるセカンド・オピニオンを仰ぎ、6月10日に同医師の執刀によるトミー・ジョン手術を受けた[14]。
2012年6月9日のワシントン・ナショナルズ戦でメジャー復帰。球速は平均球速91.5mph(約147km/h)、最速93mph(約150km/h)を記録するが、5回を5安打、4失点、8奪三振、1四球の投球で黒星を喫した[15][16]。その後4試合に先発するも白星はつかず、7月3日には右僧帽筋を痛め故障者リスト入り[17]。8月27日に復帰し、その日のロイヤルズ戦に先発。7回を5安打、1失点、6奪三振、2四球、最速94mph(約151km/h)を記録する投球で、日本人史上4人目のメジャー通算50勝目となる復帰後初勝利を挙げる[18][19]。しかしその後の登板は全て4失点以上を喫し白星を挙げることができず、シーズン最終登板となった10月3日のヤンキース戦では黒田博樹と投げ合うも、2回1/3を投げ2本塁打を含む6安打、5失点の投球で7敗目を喫しシーズンを終えた[20]。防御率8.28は10回以上先発した投手としては球団史上最低の成績であった[21]。
(松坂大輔、Wikipedia)
これでは、まともに結果を残すことなど、夢のまた夢だったのであります。
この直接的原因が、野村克也の書いた「無形の力」にあったとしたら、これはKAIにとってもきわめて納得のいくお話であるのであります。
どう言うことかと申しますと、KAIもまた、テニスエルボーで半年間ギブス生活を余儀なくされた経験があるのであります。テニスエルボーとは、手首や肘関節の障害で、この痛みには耐えられないものがあるのでありますが、これがなぜ発症したかといいますと、学生当時、トップスピンサービスを練習していて、その合間に逆スピンサーブもおぼえようと必死に練習していたのであります。
手首をこねくりまわすことで、面白いようにボールをコントロールできる、そんな魔力にとりつかれていたのであります。
ほどなくして、手首と肘に痛みを覚えだして、これを我慢したあげく病院に行ったその場でギブスをはめられ、あえなく休部とあいなったしだいであります。
逆スピンサーブとは、野球でいえば、問題の「シュート」であります。
これが決定的に、肘を痛める。
しかし、これを分かって、松阪は「選択」したのであります。
「運」とは、こう言うものであります。
決して、人から押し付けられるものではないのであります。自らの意志で「選択」した結果に、「運」はあるのであります。
時を同じくして、この「運」と言う言葉に出会ったのが、未明のワールドサッカー敗北。
「この試合の結果には非常に落胆しているし、落ち込んでいる状態だ。試合内容を考えると、もう少しわれわれに運が味方してくれても良かったと思う」(ザッケローニ監督)確かにザックジャパンの敗北は、アウェーの厳しさに今一度日本を覚醒させるものであったことは事実でありますが、決して「運」がなかったわけではないのであります。
(日本敗北の理由は「運」だけなのか?違いが表れた両チームのベンチワーク、宇都宮徹壱)
それは、清武弘嗣の絶妙なるワンタッチパスから得た貴重な1点の存在であります。
この1戦に負ければもう後のないヨルダン、片やほぼ予選突破が見えている余裕の日本。
もはや問題は、この予選にはないのであります。
これは、決して予選リーグをおろそかにするなどと言うお話ではないのであります。
すなわち、ワールドサッカー本選をいかに勝ち抜いていくのか。戦いは、すでに始まっていると言うことであります。
ザックをして「運」を味方にできなかった試合でさえ、清武弘嗣は貴重な1点をもぎとったと言う事実。この事実こそ、真の意味の「運」と言えるのであります。
0-2で迎えた後半24分、MF長谷部誠の鋭い縦パスをFW清武弘嗣(ニュルンベルク)がワンタッチで流す。ゴール前に抜け出したFW香川真司(マンチェスター・U)が正確なトラップから冷静に右足で流し込んだ。この場面をテレビで見ながら、KAIはこれを思い出していたのであります。
([3.26 W杯アジア最終予選 ヨルダン2-1日本 アンマン])
目の前にディフェンス、その後ろにゴールキーパー。おわかりでしょうか?高めのドリブルボールを左足でボレーシュート。と思いきや、そのままインサイドタッチでワンバウンドスイッチさせたボールを右足ボレーシュート。左コーナーへと思いきや一転右コーナーへの強烈シュートに、ディフェンス、キーパー、反応できない。
こんなシュート、見たことない。もちろんこんなサッカー、面白くないわけないのであります。
このボール捌きと風貌は、ロナウジーニョを彷彿させる。対韓国戦で絶妙のアシスト2本を決めた、清武弘嗣(きよたけひろし)であります。
やっと個人レベルで、欧南米の選手並みの技術を持ったプレーヤが現れた。
(なぜいま清武弘嗣と小川淳司なのか?)
この清武弘嗣と、松坂大輔。この二人の「運」の違いとは。
それは、二人にとって、未来の可能性であります。
ほぼ間違いない、来年のワールドカップ本選。すべての戦いがアウェーと思っていいのであります。これに勝ち抜いていくだけの「運」を持った男、それが清武弘嗣。
対する、松坂大輔。32歳と言う若さで、すでに3人の子持ち。とーちゃん、稼がないかんぜよ。
しかし、これを不運と思ってなげく必要は、さらさらないのであります。すべて、自らが自らの意志でこれを「選択」してきたことの結果であります。
どんなにかっこ悪くてもいい。けっして言い訳しないし、けっしてあきらめない。
なぜなら、「運」とは未来の可能性だから。けっしてあきらめなければ、「運」は開けていくのであります。 KAI
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