「概念」とは、なぜこれを獲得できない人がいるのか?

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なぜ池田信夫先生は、「予想インフレ率」と「インフレ率」をいつまでも混同しつづけるのか。

一連のこの問題について、考え続けていたのでありますが、やっとこのなぞが解けたのであります。

それは、「概念形成」問題と呼ばれる問題の範疇に、その答えをみいだすことができるのでありますが、今回はこれをご説明するのであります。

まずこの「概念形成」で言うところの、「概念」とは。

概念(がいねん)コンセプト(英: concept)とは、物事の総括的・概括的な意味のこと。ある事柄に対して共通事項を包括し、抽象・普遍化してとらえた意味内容で、普通、思考活動の基盤となる基本的な形態として頭の中でとらえたもの。イメージなど。
概念、Wikipedia
お話を複雑にしないために、これはそのまま受け入れることにしまして、この概念を形成するとは、こちらは心理学用語の説明であります。
概念形成とは、概念を学習するプロセスのことで、ある対象や出来事を抽象化するとともに、その特性をあるグループに含まれる対象や出来事に一般化するプロセスである。
心理学用語集、概念形成
ひとことで申しあげますならば、抽象化の「プロセス」であります。

この「プロセス」に問題があると、池田先生のように、たとえ大学の先生であったとしても、いつまでたっても、この「概念」を獲得することができない。つまりは、そう言うことだったのであります。

もう少し、これを具体的にご説明するのであります。

まず最初に存在する概念は、「インフレ率」であります。

これを理解するのは、これが厳密な理解であるかそうでないかは別にして、比較的容易であると、だれでもが想像できることかと思われるのであります。

では、「予想インフレ率」についていえば、どうでありましょうか。

ここで、決定的な違いがでてくるのでありますが、専門的な論理思考方法の訓練を受けた人以外の、ごくごくふつうの方々にとって、「予想インフレ率」とは、「インフレ率」に「予想」を頭に加えたものと考えるのであります。

まあ、これは当然といえば当然ではありますが、まさにここに「概念形成」の落とし穴が待っているのであります。

実は、「予想インフレ率」と「インフレ率」とは、同じ"インフレ率"と言う単語が含まれていても、まったく異なる「次元」の「概念」であるのであります。

こういった事例は、例えば同じ経済と言うカテゴリーでいえば、「先物取引」が典型であります。いわゆる「先物価格」と「現物価格」の違いでありますが、この違いを理解するためには、まず最初に「先物取引」と言う「概念」の理解が必須となるのであります。

ところが、これを「現物価格」と言う「概念」を出発点にして、これに「先物」を加えて、「先物価格」と言う「概念」を理解しようとしても、これは永遠に「正しい」概念の理解には到達することはかなわないのであります。

「予想インフレ率」にお話を戻しますと、これはちょうど、「先物価格」と同じように、いま現在の「市場」で形成される将来の「インフレ率」のことを言うのであります。池田先生が考えているような、誰かが「期待」したり「予想」したりすると言う「恣意的」な値を指しているのでは、決してないのであります。

と言うことで、これまでのお話を整理しますと、なぜ例えば「予想インフレ率」といった「概念」をいつまでたっても獲得できないかと言うと、この「概念」を獲得するための「概念形成」と言う「プロセス」、「道」を間違ったために、いわば「迷路」に迷い込んでいるからであると、かように申しあげることができるのであります。

ところが、であります。

世の中では、しばしばこれを、養老孟司の「バカの壁」問題と、これまた「混同」されているのであります。

ここでは、この「バカの壁」問題とはなんであるかは長くなりますので割愛させていただくことにして、先の「概念形成」問題との違いは、理解の「壁」は、あるのか、ないのか、の違いであります。

KAIとしては、確かに「バカの壁」問題の存在は否定はしないものの、今回の「予想インフレ率」の理解の問題のように、世の中の大半の問題は、「概念形成」問題に分類できると考えているのであります。

以降は、そのいくつかの事例をご紹介することにするのであります。

たとえば、さきほどの「小澤の不等式」に出てくる「ハイゼンベルクの不確定性原理」にしても、これを提唱した当の本人であるハイゼンベルクでさえこの原理の意味を正しくは理解していなかったのであります。
知の爆発−−直感を疎かにしてはいけない
これは、ハイゼンベルクと言う物理学者が、自らが創りあげた「不確定性原理」についてこの原理の意味を、最後まで正しく理解できなかったと言うお話であります。

なぜハイゼンベルクは、これが理解できなかったのかと言えば、この引用のエントリーにあるとおり、「不確定性原理」と言う「概念」を創りあげる過程、すなわち「概念形成」において、「ガンマ線の思考実験」と言う「プロセス」を経ていたからであります。

本来であれば、ハイゼンベルクは、ボーアが彼の論文を読んで行ったと同じ、さらなるもう一段の「概念形成」を行う必要があったのでありますが、残念ながらこれができなかったと言うことであります。

そして、この事例において、お気づきいただきたいのは、ハイゼンベルクとボーアの、二人の間にあるのは、「バカの壁」ではなく、単なるより抽象度の高い「概念形成」のあるなしであったのであります。

この事例をこうして考察したうえで、もう一度、池田先生の「概念形成」を「観察」すると、これが一層よく見えるようになるのであります。

まず「期待」という言葉の使い方が変ですね。インフレというのは消費者にとってはいいことではないので、インフレを心待ちにしている人はいません。これは黒田さんが悪いのではなく、expectationを期待と訳した経済学者が悪いのです。最近は「予想」と訳すようになっています。

次に「期待にはたらきかける」って何でしょうか。「日銀総裁がいうんだから値上げしよう」という会社があるでしょうか。そんなことをしても商品が売れなくなるだけです。「インフレになるなら今のうちに買っておこう」という人はいるかもしれませんが、実際に値段が上がらなければ余計なものを買うだけです。つまり問題はインフレを予想するかどうかではなく、実際にインフレが起こるかどうかなのです。
期待って何?

そうです。池田先生は、「expectationを期待と訳した経済学者が悪い」と書いているのです。

これを読んで、最初はKAIは、半分冗談でこれは書かれているのだと思ったくらいでありますが、冗談ではなくいたって真面目にこれは行われていたのであります。

すなわち、なんと池田先生は、「期待にはたらきかける」とは「インフレを予想する」ことだと、かように理解されているのであります。

つまり、「予想インフレ率」の「予想」が、「expectation」の訳語であることを根拠にして、「予想インフレ率」と言う「概念」を理解なさったと言うわけであります。これが彼の「概念形成」の落とし穴だったわけであります。

さらには、現在の「予想インフレ率」による「円安」効果と言う「現実」を前に、この言い訳に、まったくもってへんてこりんな「偽薬」なる「概念」まで持ち出すに至るのであります。

アベノミクスはインフレを起こすことのできない偽薬だが、偽薬にも効果があるので、副作用がなければいくら出してもかまわない。だから究極の問題は、現在の財政状況をどう見るかだが、長期金利は0.6%割れという10年ぶりの低水準だ。

(中略)

岩田規久男氏のいう「準備預金70兆円」という程度は日銀がすでにスケジュールに組み込んでいるので、黒田・岩田体制になっても日銀が予想外の「大胆な緩和」をすることは考えられない。だから偽薬がきくのは、首相に求心力がある今のうちだ。安倍内閣の支持率は75%で上昇中という近来まれに見るいい条件なので、偽薬のききめがなくなる前にTPPや雇用規制の緩和などの「苦い薬」を飲ませる改革をしてほしい――というのが私の結論だった。
アベノミクスという偽薬

ここにもまた、致命的な「概念形成」における「ミス」があるのであります。

「偽薬」の「概念」を、「暗示的効果」を「期待」すると言う意味において、「予想」や「期待」の喩えに、ここで「偽薬」なる「概念」を持ち出してきたのでありますが、これ自体が「偽薬」と言う「概念」そのものとはまったくもってこれは異なるものであるのであります。つまり、「偽薬効果」と「偽薬」との「混同」でありますが、この「混同」もまた、「予想インフレ率」と「インフレ率」の「混同」と同じ「概念形成」上の間違いを犯しているのであります。

さて、長くなりましたが、続いての事例であります。

ただ、こちらは「正しい」概念形成の事例であります。

?岩田氏が90年代の初めに日銀と論争していた当時も、マネーストックは2年後のインフレ率に影響があることはわかっていた。1969年度から2011年度を見ると、相関係数0.89となり、以下の図になる。つまり、両者の相関関係は非常に高いのだ。
ついに「日銀理論」も風前の灯火! アベノミクス効果で金融資産が増加すれば、消費は確実に増加する!

?また、両者の関係式を書けば、こうなる。

?インフレ率 = ?2.1 + 0.62 × 2年前のマネーストック増加率
同上

この相関係数が0.89であるとは、学問的に、両者の間には相関が「ある」との結論になるのであります。

すなわち、これが学問的な論理思考であり、正しい「概念形成」と言うものであります。

と言うことで、大変長くなりましたので、つづきはまた次回と言うことで。 KAI