老教授の懺悔と聡明

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いまの若いみなさんにとって、ここで取り上げるお話の、いったいなにが問題であるのか、不可解きわまりないと思われるでありましょうが、これは尋常ならざる事態なんであります。

?だが、このときすでに白川氏は、「日銀流理論」の信奉者になっていた。議論は噛み合わず、それどころか真っ向から対立した。当時の私の秘書によれば、所長室を出ていく白川氏は顔面蒼白だったという。

?なぜ、こうなってしまったのか。あの優秀で実直な学生だった白川氏が、「日銀流理論」に、無謀な政策に、異を唱えないのか。白川氏が総裁になってもなお変わらない日銀に、そして何よりも彼の仕事ぶりに落胆し、日本経済の未来を憂えた私は、公開書簡という形で彼にメッセージを投げかけた。
浜田宏一「教え子だった白川方明日銀総裁はどこで道を誤ったのか」、『アメリカは日本経済の復活を知っている』より第1回

ここに登場する白川氏とは、かの日銀総裁で有名な白川くんであります。

そして、この記事の著者である浜田宏一氏とは、そうですあのアベノミクス仕掛け人にして安倍内閣参与、エール大学名誉教授、その張本人であります。

このご両人が、かつて師弟関係にあったことが、今回の問題の中心なんであります。

白川くんは、師である浜田くんと議論になって、顔面蒼白でその場を立ち去った。

なんとも、実に興味深いお話なんであります。

そうです、昔からの感覚で言えば、弟子が師匠に逆らうのも異常であれば、師匠が弟子に公開書簡なるものを送りつけて弟子を諌めるのも、これまた異常なんであります。

それにしても、いったいなぜ二人は、こんな関係になってしまったのでありましょうか。

今回は、この問題の考察であります。

そもそも、弟子は師匠をなぜ敬うのか。

それは、一般的には絶対的な知識と言う情報量の「差」によるのであります。

これが、しかしこれを逆転する事態が頻発している。

すなわち「情報量」のレベルでは、この情報社会にあっては、師匠のそれを圧倒的に、「社会」にあふれる情報が上回るようになっているのであります。

つまり、師匠の権威、ここにあらず、であります。

もちろん、師匠の権威とは、情報量である「知識」ではなく、これをいかに運用するか、その「考え方」、「智恵・技術」なんでありますが、これが日本における経済学において、まったくもって「不毛」と化しているのであります。

そもそもにおいて学問とは、何か。

これが問題であります。

学問のための学問では、決してあってはならないのであります。

「経済」とは、経世済民、民を濟(すく)うことこそが、本旨であります。

これが、今日の「経済学」において、決定的に欠けていること、これこそが、今現在の経済における議論の根本的欠陥なんであります。

例えば、物理学とはなんであるのか。民を濟(すく)うこととは、直接的になんら関係ない。しかし広島長崎の原爆を考えれば、決してこれと無縁とは言えないことは明らかであります。

この意識が「経済学者」および「経済」を司る人間に、繰り返し申しあげるのでありますが、決定的に欠けているのであります。

〈総裁の政策決定の与える日本経済への影響の大きさ、しかも、それによって国民がこうむる失業等の苦しみなどを考えると、いま申し上げておくことが経済学者としての責務と考えましたので、あえて筆をとった次第です〉
(中略)
「日銀流理論」と、世界に通用する一般的な(そして歴史ある)金融論、マクロ経済政策との間には、大きな溝がある。その結果としてもたらされたのは、国民生活の困窮だ。とりわけ高校・大学の新規卒業者の就職率が大きく落ち込んでいることは深刻な問題である。経済問題は、庶民の生活、その原点から考えていかなくてはならないのだ。
〈若者の就職先がないことは、雇用の不足により単に現在の日本の生産力が失われるだけではありません。希望に満ちて就職市場に入ってきた若者の意欲をそぎ、学習による人的能力の蓄積、発展を阻害します。日本経済の活力がますます失われてゆきます〉

〈日本銀行は、金融政策というこれらの課題に十分立ち向かうことのできる政策手段を持っているのです。日本銀行はそれを認めようとせず、使える薬を国民に与えないで、日本銀行が国民と産業界を苦しめていることを自覚していただきたいと思います〉

同上
ここで浜田氏が「懺悔」するとおりであります。もし東京大学でこれを白川くんに徹底して教えていれば、こんなことにはならなかった。

理論のための理論。

いまや日本は、原発問題、人口低下問題を典型に、これが蔓延しているのであります。

いま、あなたがやるべきことは、日本経済の破綻による混沌なるものの回避などと言うネガティブな理論を訴えることではなく、あなたの持つ叡智を、いまあなたの目の前にいる苦しんでいる人たちを、ほんの少しでもいいから救ってあげることだと、まずもってこれに気づくことなんであります。

何の成果もなくただ人を批判する前に、少しでも成果を生み出そうとする人を応援し支援すること。

浜田くんは、まことに遅きに失しながらも、やっとこれに気づいたのであります。 KAI