さて、ちまたウワサの、サルあい(ITの略だがね)教室その2であります。
まずは、お話のイントロが、うまい具合に見つかりましたと言う、お話であります。
これは、BLOGOS経由で読ませていただいた記事であります。いつも華やかなイメージがあるテレビマン。でも、テレビマンは孤独を感じやすい職業です。なぜ孤独を感じるのでしょうか?それは、視聴率という切り口から知ることができます。今回は、テレビマンが孤独を感じてしまう理由を紹介します。
■テレビマンは孤独
番組はヒットしているし、視聴率もいい数字が出ている。それなのに、なぜか心は孤独なのがテレビマンです。どこかに不安な気持ちが残っていて、いつも自分の仕事の意味を探し求めています。そばにいる人に、
「いい番組を作ったね。面白かったよ」
と、言葉に出して褒めてほしいと思っているのです。
(テレビマンは孤独だった!?視聴率争いの先)
実は、ITビジネスと、このテレビビジネスとの間には、きわめてよく似た関係があるのであります。
と言いますか、テレビビジネスとは、ITビジネスの「原型」となる、そう言うビジネスであったのでありますが、このご説明をこのシリーズの後半にして、まずは冒頭引用の記事であります。
なぜ「テレビマン」は孤独を感じるのか?
それは、真の「顧客」を相手に、「ビジネス」ができていないからであります。
テレビビジネスの、真の「顧客」とは、もちろん「視聴者」であります。
しかし、テレビビジネスの「ビジネスモデル」的には、「顧客」とは、「視聴者」とはまったくもって関係なく、広告のスポンサーであります。
この矛盾が、「テレビマン」の「孤独」を生み出す、その「真因」と言えるのでありますが、これについては、このKAIのレポートをお読みいただきたいのであります。
今回のテーマの、もともとは、「ビジネス」であります。このテーマで言い残したことがあります。それは、テレビ局にとって、放送と通信では、お客様が違うってことです。
番組枠をスポンサーに販売すると言う機能単価モデルでは、テレビ局にとって、お客様とはスポンサー企業です。視聴者は、サシミのツマならぬ、視聴率と言うパフォーマンスを保証する、いわばサーバント、召使いです。このことを主人であるテレビ局があからさまに言うはずもなく、視聴者はカミサマであるかのように祭り上げられる、オメデタイ存在以外なにものでもありません。
(放送と通信とビジネスモデル(3))
いかなるテーマであろうとも、これは趣味でもなければボランティアでも遊びでもない、そう言う「ビジネス」であります。
これを、くどいほど繰り返す必要があると思っているのが、実は「ITビジネス」の本質なんであります。
すなわち、お客様が誰か、そのお客様に何を買っていただいているのか、このたった二つの、ビジネスの基本中の基本が、もっともないがしろにされているのが、「ITビジネス}であると言うわけであります。
そこで、「サルあい」シリーズ第一弾は、「ITビジネス」とは誰のためのビジネスなのか、これを徹底研究するのであります。
つまり、「ITビジネス」の「顧客」とは誰か?
例えば、ラーメン店を開業しようと思うとしましょう。
当然、ラーメンを食べに来てくれる人がどんな人たちであるのか、これを想像することから、このビジネスはスタートするはずであります。
大昔の、と言っても2、30年前のITビジネスと言えば、パソコンのパッケージソフトくらいしかありませんでした。ですからこのパッケージを誰に使ってもらうのか、すなわち「顧客」をイメージしてパッケージソフトを開発し、販売していたのであります。
この時代、これに忘れてはならないのがパソコン通信と、ゲーム専用機ビジネスであります。
言ってしまえば、これだけしかなかったのであります。
もちろん、これ以外に銀行や証券取引所、企業向けのシステム開発や、ハードウェアと一体となったマイコン向け開発などもあるにはあるのですが、すでに前回申しあげましたとおり、すべて人月商売であり、これをITビジネスとは決して呼ばないのであります。
こう考えると、初期のITビジネスの「顧客」とは誰であったか、きわめてクリアに見えてくるのであります。
それは、パッケージソフトやゲーム機を直接買った「ユーザー」=「顧客」であるわけであります。
あるいは、パソコン通信のように運営会社の会員となって毎月使用料を支払っていた「ユーザー」=「顧客」であったのであります。
ひるがえって、現在の状況を眺めてみれば、これが様変わりしてしまっていることに、ある意味驚くべきことであります。
すなわち、Googleやtwitter、facebookといったことごとくのITサービスが、「無料」のサービスであり、単純に「ユーザー」=「顧客」と言う図式がなりたたなくなってしまっているのであります。
しかし、これこそが、冒頭の、テレビビジネスとは、ITビジネスの「原型」、と言うご説明の意味であったのであります。
現在、ほとんどのITサービスが、このテレビビジネスと同様、無料のサービスであり、売上となる「顧客」は、「ユーザー」とはまったく別の存在である、広告のスポンサーとなっているのであります。
これは、ある意味、テレビビジネスでは、ビジネスモデル的にたった1種類であったものが、現在のITサービスはテレビビジネスと同じビジネスモデルがサービスの種類の数があるだけあまた存在する事態となっていると、こうみなすことができるのであります。
つまり、こう考える必要があるってことであります。
これからITビジネス(ITサービス)を始めようって考えるならば、誰がお金を出してくれるのか、すなわち、これが「顧客」でありますが、まずもってはじめにこれを考えなさい、ってことであります。
そうではなく、まずは「ユーザー」を集めることに集中して、そのあと「マネタイズ」を考えなさい、って言うのが、いまのMBA流スタートアップの方法でありますが、「サルあい」教室、これに真っ向から挑戦するのであります。
だって、そうでしょう?
世の中、いったい誰が、お金をどうして稼ぐか考えないビジネスなんて、やると言うのでしょうか。確かに、彼らは言う。一定数以上の「ユーザー」さえ集めれば、いくらでもこれをお金にする方法はある。例えばバイアウトとか。
KAIは、もっともこれを「軽蔑」するのであります。
自分の産んだ子どもを、お金を目的に他人に売り渡すなど、と一緒であります。もっともITビジネスにあるまじきビジネスであり、ITを我欲に利用するなどと言う、最低にして最悪の人種であり、「人月」商売以上にケモノ道を歩いて地獄に落ちろと言いたい。
いえ、決してバイアウト自体を否定するわけではない。ただ単に、バイアウト自体が「目的」となっている人間を、KAIは激しく憎むのであります。
と、正気に戻って、ここで以下の、KAIが昔書いたエントリーをお読みいただきたいのであります。
ここで言っていることは、広告ビジネスであっても、「ユーザー」=「顧客」と考えることが可能になるってことであります。このモデルではP(売上単価)が小数点になっていて、しかも消費者から企業に直接支払われるわけではなく、実際は、消費者からスポンサーに何らかの代金として支払ったお金の一部が、スポンサー側で集約され、最終的に企業側に支払われると言う流れになっています。これを、単価が小数点であることがそもそもの本質で、広告と言うビジネスモデルが、この小数点の単価をスポンサーによって整数化(量子化)するビジネスモデルであると解釈することもできます(KAI式広告論)。
(モデル指向はなぜ必要か(4))
最終的に、「ユーザー」がお金を出す「顧客」であるならば、この「ユーザー」のためのサービスを考えることは、その「ビジネスモデル」的に理にかなったこととなるのであります。
テレビビジネスについて言っても、この考え(量子広告論)でいけば、テレビ広告のスポンサーそれ自体が、視聴者からの巨大集金マシーンであると考えると、「視聴者」=「顧客」と考えても何の不思議でもなんでもなく、冒頭の引用の「テレビマン」の「孤独」も、たちどころに解決されるのであります。
そして、これが、「サルあい」教室、本日の重要なる「テクスト」となるのであります。
すなわち、いまの一見「無料」のITサービスとは、実は「有料」、といっても限りなく小さい金額の、サービスとする「ビジネスモデル」だったのであります。
逆に言えば、テレビなりITと言う「仕掛け」が、こういった「ビジネスモデル」を可能にせしめたと言うことだったのであります。
かように考えますならば、「サルあい」教室的ITビジネスとは、テレビの視聴者、そのものこそ、もっとも重要な「顧客」であり「ユーザー」となる、つまりはそう言うことだったんであります。
次回は、では、このテレビの「視聴者」と言う「顧客」に、いったい「何」を売るのか、これをご教授するのであります。本日の講義は、これにてお仕舞い。 KAI