知の爆発−−直感を疎かにしてはいけない(2)

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ちょうど半年前「知の爆発−−直感を疎かにしてはいけない」と言うエントリーを書いて、知の最前線をレポートしたのでありますが、またまた新しい研究成果の発表であります。

 米シカゴ大名誉教授の南部陽一郎博士が1961年に提唱し、ノーベル物理学賞の受賞対象となった「対称性の自発的な破れ」の理論を一般化した統一理論を、東京大・カブリ数物連携宇宙研究機構の村山斉(ひとし)機構長らが8日、米物理学会誌(電子版)に発表した。

 南部博士の理論は、絶対零度で真空という条件下での素粒子を想定したもので、温度や密度のある普通の物質で起こる現象では成り立たないケースが多くあることが知られていた。

 村山さんは米カリフォルニア大バークレー校の大学院生、渡辺悠樹(はるき)さんと共同で南部理論の拡張に取り組み、自然界で起こる「対称性の自発的な破れ」を統一的に説明できる理論を見いだした。

 この成果は宇宙論や物性物理学など幅広い分野に波及し、将来は量子デバイスなどへの応用も期待できるという。

 対称性の自発的な破れとは、平行移動や回転をさせても元の状態と区別がつかない「対称性」が、外からの力を受けずに崩れる現象のこと。南部理論では連続な対称性が破れると、それに対応する波が現れる。このような波の一つが、物質に質量をもたらすヒッグス粒子だ。

 例えば左右と前後の回転のような2つの対称性が破れると、南部理論では2つの波が現れるはずだが、このような破れが起こる磁石では波は1つしか現れない。村山さんらは2つの対称性の破れが、一緒に1つの波を生み出す場合があることを理論的に導いた。
ノーベル賞南部理論 自然界に拡張 東大研究者ら発表、2012.6.9 00:05

しかし、この記事を読んでもいまひとつ見えないと思い、検索すると本家本元からのリリースがありました。

今回の研究成果
 今回、渡辺悠樹(わたなべ はるき:カリフォルニア大学バークレー校 大学院生)と村山斉(むらやま ひとし:東京大学国際研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)は、どのような場合にも正しく答えが出るように南部理論を拡張しました。先程のスピンを左右に振らすと、左右だけでなく前後にも触れてぐるぐる回り出し、左右の動きと前後の動きが分けられなくなり、一種類の波しかないことがわかりました。このように、二つの破れた対称性が一緒になって一つの波を作るため、思った数の半分しか波が生まれないのです。

 また、二つの対称性が一緒になって生み出す波(=南部・ゴールドストーン粒子)は、元々の南部理論で予言されるものと全く異なる性質を示すことが分かりました。この違いは物質の比熱などの性質を大きく左右します。

 更にどのような場合に二つの破れた対称性が一緒になるのか、数学的に条件を与えました。その結果は現代数学で活発に研究されているシンプレクティック幾何学※1で記述されることがわかり、その分類は数学としても研究の対象になっています。逆にこの分野の数学が更に進歩すると、宇宙の相転移で対称性が自発的に破れた場合、どのような波が生まれ、宇宙の構造に影響を与えるのかを分類できるようになるはずです。
 こうして、宇宙の研究から、実験室の物質科学まで、今回の研究でわかった理論を使うと、対称性がどう破れるとどのような波が生まれるのかが正確に予言できます。この研究成果は将来的に量子デバイス、スピントロニクスなどにも応用できる可能性も期待できます。
対称性の自発的な破れの統一理論 -南部陽一郎以来の50年間の謎を解明-

米物理学会誌(電子版)の掲載が、13日に延期とのことでありますが、なるほど、このリリースを読めば一目瞭然であります。

これがいかなる意味を持つのか。

まずは、この「対称性の自発的な破れ」の理解であります。

2008年、南部陽一郎がノーベル物理学賞を受賞したのでありますが、この受賞理由が南部の50年前の「素粒子物理学と核物理学における自発的対称性の破れの発見」であります。

受賞当時メディアでさかんに、この「対称性の自発的な破れ」の解説が試みられたのでありますが、これを聞いた大半のみなさんはこれがいまひとつ「ちんぷんかんぷん」であったことと思われるのであります。

もちろん、この原因は、メディアを含め、メディアに登場した専門家の方々の、「対称性の自発的な破れ」の「理解」が、南部がこれを発見してから半世紀たったいまでもなお、本質的なレベルでなされていないがために、不適切な喩えに終始していることにあるのであります。

これは、このテーマで前回言及した「不確定性原理」に対する「理解」と、ある意味同じ「構造」であります。

そもそも「対称性」とは、なんであるのか?

それは、「美」であります。

物理のみならずあらゆる分野における、究極の「真実」であります。

これを、「不確定性原理」のハイゼンベルク同様、たとえ当の本人である南部の理解がここに至っていなかったとしても、彼が発見したこの「原理」の重要性は、「不滅」であります。

またまた、分かりにくいものいいですまない。

ご説明するのであります。

そもそも、物理学とは、この自然の現象を「説明」する学問として発展してきたのであります。

すなわち、常に、「自然」対「理論」の関係の中で、その理解を進化させてきたのであります。

この流れを、決定的に変えてしまったのが、南部の「対称性の自発的な破れ」の発見であり、「方法」であったのであります。

これを理解するためには、私たちは、あと100年たったあとの物理学の世界を想像する必要があるのであります。

それは、物理的現象として認識されていることの大半が、物理の「大統一理論」で説明されているのであります。もちろんその中身がどうなっているか、楽しみではありますが、この理論について間違いなく言えることがあるのであります。すなわち、それが「対称性」であることは、まず間違いないのであります。

そして、振り返って、2012年の物理学はどうであったか。

こうした見方をしてみるならば、結局のところ、「対称性」そのものが「進化」していることが、ご理解いただけるのであります。

閑話休題。

物理現象(物質あるいは力)とは、この「対称性」と「対称性」の「差分」であり、「接続」であると、こう南部は「定義」したのであります。

対称性は
 破れてもよい
  南部陽一郎
最後に、南部氏より色紙をいただきました

これは、2010年6月16日、大阪市立科学館を訪れた南部がしたためた色紙であります。まさに、「破れてもよい」とは「接続」であることを暗示しているのであります。

そして、この観点にたつことによって、初めて、今回村山・渡辺の「発見」(の「意義」を含めて)が、みなさんにも、ご理解いただけるようになるのであります。

すなわち、南部の「破れ」が1次元(直線)であったものを、村山・渡辺はこれを2次元(円)に拡張することで、より高次元の「対称性」に「接続」することに成功したと言うことであります。

ここで興味深いのは、「シンプレクティック幾何学」の活用であります。超ひも理論の研究において欠かせない高次元トポロジー空間の挙動解析が、ここにも顔を出していると言うことであります。

超ひも理論もまた、南部を起源とするものであり、見事なまでにすべてが繋がっていると言うことであります。

そして、このお話の最後は、「真空」問題であります。

もちろん、南部によってコペルニクス的転回がもたらされた「真空」のお話であります。

「真空とは自発的に対称性が破れた状態である。」という人類史上全く新しい自然認識なのです。南部博士の提唱にはじまる「真空」の理解は、天動説から地動説への自然認識の大転換に匹敵すると言って過言ではないでしょう。 斎藤吉彦(科学館学芸員)
「 自発的対称性の破れ」と南部理論

アインシュタインによって「エーテル」の存在が否定されて以来、これまで「真空」とは、その言葉通り「何もない」空間と考えられていたのであります。

これが、そうではなかった。「真空」とは、「対称性が自発的に破れた場で満たされた」空間なんだと、南部が初めて言いだしたのであります。

この話を聞くと、ともすると「破れ」と言う言葉からの連想からか、「変化」した状態に思うかもしれませんが、そうではないのであります。「変化」とはまったく逆の、「定常」であり「整列」であります。

そして、この「定常」状態の「場」によって、この「真空」を含む宇宙空間全体の「存在」が、より高次の「対称性」へと「接続」することができるのであります。

この意味においても、今回の村山・渡辺の「発見」もまた、歴史的転回の契機となる可能性、まことに大なりなんであります。いよいよ知のビッグバンの始まりであります。 KAI