アプリケーション価値の時代を生きる

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錦織が、準々決勝でマーレーに敗退した理由を「体力」と言い訳した瞬間、錦織のランクトップテン入りも夢のまた夢と化したのであります。

ツォンガに、錦織が勝てた理由は、単にツォンガのミスが多すぎただけであります。別に錦織のレベルが上回ったわけでもなんでもないのであります。

あれだけツォンガがミスしても、フルセットでしか勝てなかったのは、いったいぜんたいなぜなのか?

錦織は、こう自分に問いかける必要があるのであります。こう問うことが、マーレー攻略に繋がる。しかし、これができなかった。この結果の、準々決勝敗退であったのであります。

ゲームに勝つための、絶対的な「直接的」方法などと言うものは、ない。ないけれども、絶対的「間接的」方法は存在するのであります。それが、「内省」と言うものなんであります。

しかも、この「内省」はただの内省ではないのであります。それは「連続的内省」であります。「不断」の内省なんであります。

錦織について言えば、ツォンガ戦の内省がマーレー戦に繋がり、このマーレー戦の内省が次のゲームに繋がっていく。こう考える必要があるのであります。

最近、ネットベンチャーなど起業の仕方や考え方について書いた記事をよく見かけるのであります。

もちろんこれを記されているご当人にとって、リアルな体験をもとにされているのであるからして、一概にこれの批判はできないのでありますが、彼らに決定的に欠けているのが、この「連続的内省」の視点なんであります。

これについても、すでにここで何度も言及してきているのでありますが、これをあえて全文再掲するのであります。

「同行二人」連載5回目。今回のテーマは、幸之助の結婚と独立起業です。

明治37年(1904年)11月23日、あと4日で10歳になると言う日に、丁稚奉公に出され働き始めた幸之助は、16歳のときそれまで世話になった五代自転車商会を出て大阪電燈株式会社(今の関西電力)に就職します。

そして20歳で19歳の井植むめのと見合い結婚をし、22歳の時独立します。

 この時、幸之助の手元には、退職金と預金をあわせて九十五円強の金しかなかった。型押しの機械一台買っても百円は要る。百円というのは今日の貨幣価値に換算して百万円強だが、その金がないのだ。これで独立とは、彼の上司でなくても心配したに違いなかった。
 まだ最近のベンチャー企業のほうが、この時の幸之助よりよほど真剣に「起業」というものを考えている。
 少なくとも彼らは自分の持つ技術の市場価値と将来性、実用化年限、必要資金とその調達先、競合他社が現れた場合のリスクシナリオなど、調査と備えをしっかりして起業している。それでも想定外のことが起こり、本当にうまくいく企業は千に三つなのだ。
 幸之助が大阪電燈を辞めたのは二十二歳。大学を卒業したくらいの年齢だ。最近はこれくらいで会社を興している人間はいくらでもいる。
 もちろん情報量の多い現代と手探りで人生を歩んでいかざるを得なかった当時を比べるのが酷なのはわかっている。それでも現代の若き起業家たちと比べて、幸之助の幼さ、稚拙さはいやが上にも目立つ。彼は決して早熟の天才ではなく、努力で成長していく典型的な大器晩成型だったのだ。

22歳で独立といっても、9歳で丁稚奉公に出た幸之助にとって、働き始めて13年後の起業ですから、決して早い独立ではありません。KAIも24歳で働き始めて、37歳で独立。やはり13年後です。

この13年後には何か意味があるように思います。

それは、独立するための精神的な成熟に要する期間ともいえるもので、通常数年もあれば一通りの仕事のやり方を覚えて一人前の仕事ができるようになります。しかしそれでは独立に至る「何か」が足りません。その「何か」とは何か。それは、働くことの意味を知ることです。そしてその働くことの意味とは、仕事を通して人に喜んでもらうことを覚えることです。これを残りの数年間で覚えて、そして起業に至るわけです。

働き始めて一人前に仕事が出来るようになってくると、毎日の仕事が面白くて仕方ありません。しかしこの時期の仕事の喜びは、自分自身の喜びであって、他人の喜びでも何でもありません。もちろんこの段階で独立する人はいくらでもいます。しかし大抵は一度挫折して躓きます。その理由が自分の喜びだけでは起業の条件を満たしてはいないからだと、KAIはいつも考えています。

つまり他人の喜びのために働くことが出来る人間のみが、独立して会社を創業できるのです。

会社とは、その文字通り社会に働きかけて、その見返りの利益を得るものであることを考えると、社会と言う他人の喜びのために働くことができるかどうか、これが独立の条件であることは、自明です。

しかもこれは、上記引用にあるような、

自分の持つ技術の市場価値と将来性、実用化年限、必要資金とその調達先、競合他社が現れた場合のリスクシナリオなど、調査と備え

といったある種の「計算」とはまったく次元の異なる、より高度な精神性が必要とされるものでもあります。ですから、逆説的ですが、VCが大好きなこの引用のある種の「計算」こそ、創業後の成功にとって一番の障害になると、KAIは思っているのです。

実は『幸之助の幼さ、稚拙さ』こそが、幸之助の成功の真の要因であった。これがKAIの結論であります。 KAI
松下幸之助の言葉(7)

ここに指摘している通りであります。「計算」と「内省」は、根本的に違うのであります。

これにようやく気づいた女性がいるのであります。

会社を真に支えるものは何か

 キャッシュフローの改善策をCFOとして格闘しつつ、かつて経営コンサルタントだった私は、実際の会社経営とは何かを学び続けている。

 ついつい数字やテキストブック的理想論を追い求めてしまいがちだが、実際の経営で機能するものは多くの場合、数字やチャートには出てこない人間くさいところにある。会社の価値の多くも、人としての幸せもそこに存在する。

 財務諸表が見せる数字を磨き上げることは否定しない。銀行やコンサルティング会社のような第三者が弊社を判断するために財務諸表は必要だし、第三者の見方はそれはそれで一つであり甘んじて受け止めよう。

 だが、数字で計り知れない膨大な労力と自己犠牲が会社の存続と成長を支えていることを財務諸表は表さない。

 正直なところ、人がどう思おうが、私たちは最善の努力と最善の判断で事業をここまで維持し拡大してきたことに自信と誇りを持っているし、結果として存在している会社の価値をよく理解している。

 自分勝手に聞こえるだけかもしれないが、こういうことを本当の意味で理解できるのは同じような経験をたどった人のみではないかとつくづく思う。
「借入金を今すぐ全額返済?どうしてそんなことに・・・」キャッシュフロー地獄脱出作戦その3・銀行借り入れと投資家探し

この「内省」があれば、もう何の心配もないのであります。

え?

まだよく理解できないって?

そう言うみなさんの「内省」の手助けのために、もう一つのKAIのエントリーを引用するのであります。

これを、「サービス化経済入門」(中公新書、佐和隆光編、1990、p.16-19)の記述の中から長いですが引用して説明します。

情報産業がサービスを変える

 情報化には「産業の情報化」と「情報の産業化」という両面がある。「産業の情報化」とは、たとえばコンピュータを導入して、企業の事務管理や在庫管理の効率化を図ることである。卸小売業におけるPOS(販売時点情報管理)システムなどが、その代表例として挙げられる。一方、そうした「産業の情報化」にともない、ソフトウェア開発業務、受託計算業務、情報提供サービスなどの情報関連サービス業が、著しい伸びを示している。これが「情報の産業化」といわれる側面である(図1.1)。
 こうした二重の意味での情報化が進めば、低コスト・良質のサービスに対する企業の旺盛な需要が、対事業所サービス業を活性化するのみならず、サービス消費のあり方そのものに本質的な変容を迫るという側面もまた見逃せない。
 財と比較してサービスは、(1)非貯蓄性、(2)無形性、(3)一過性、(4)非可逆性などの基本特性をもっている。サービスを完成品として在庫したり輸送することはできない。したがって消費者がサービスを享受するとき、同時的に提供されなければならない。確かに、在来型のサービスの市場には、時間的かつ空間的に一定の仕切りが設けられているため、サービスの供給者と需要者はきわめて狭い範囲内でしか出会うチャンスがなかった。いわゆる「なじみ関係」にほかならない。行きつけの理髪店が決まっていたり、かかりつけのお医者さんに世話になるというのが、その典型例である。
 ところが情報関連サービスの進展にともない、「サービス」の予約ということが可能になった。サービスの供給者がサービス提供の場所、時間、料金、サービスの質などについての情報を予め登録しておく。需要者のほうは、登録されている多様なメニューのなかから、自分の要求にかなったサービスを探索する。ちょうど小売店で必要な商品を買うようなものである。映画や音楽会のチケット販売システム、電車の指定券販売オンラインシステムなどとして、私たちの身の回りにその例は多い。
 吉川弘之東大教授は、情報によって受け手に間接的効果を引き起こすものをメッセージ型サービス、直接的効果を引き起こすものをマッサージ型サービスとして、サービス業を二分類することを提唱されている。情報産業と呼ばれるものの多くは、メッセージ型サービス業である。メッセージ型サービスの分野では、コンピュータを中心とする情報処理装置、入出力機器、通信網などの情報伝達装置、人工知能ソフトウェアなど、先端技術の導入がきわめて盛んである。
 サービスの予約システムの導入によって、トラベル・エージェンシーやプレイガイドなど、サービスの予約を斡旋するビジネスが繁盛し、場所と時間の制約を越えてサービス市場が発展し、より一層の競争が鼓舞されるであろう。このことが適正な価格水準の維持に貢献するものと期待される。

サービスとモノの関係

 サービス産業の進展とモノの関係について、最後に一言触れておくことにしよう。
 サービスとは、モノの「機能」をフローとして市場で取引する営みにほかならない。いいかえれば、モノ自体ではなく、モノの持つ「機能」を売買の対象とするのがサービス業なのである。耐久消費財というモノは、それ自体、売買の対象とされるのが普通である。しかし物品リース業は、耐久消費財の「機能」を取引の対象としており、その営みはサービス業に分類される。そのほか、タクシーや宅配便を、「輸送」という自動車の「機能」を売るサービス業とみなすことができる。
 逆にいえば、ほとんどのサービス業は、なんらかのモノのサポートがなければ成り立ちえない。また、物財の「機能」の向上や多様化を通じて、サービスの外部化や多様化がもたらされる。結局、モノの「機能」を向上させ多様化させる技術革新が、経済のサービス化を推し進める動因にほかならないのである。
 さらにいえば、モノに埋め込まれ使用時に発現する「機能」の売買が、モノの売買の本質である、というふうにみることができる。たとえば、テレビ受像器というモノを買うのは、テレビというモノ自体を買うというよりは、テレビが受像する映像メッセージを買うというふうに考えるほうが、消費者の行動の本質をより的確にとらえている。つまりいつの時代においても「サービス」は産業の究極の目的であって、サービス提供の媒体としてのモノが時代とともに移り変わってきたにすぎない。
 このようにモノとサービスが表裏一体の関係にあることに着目することにより、サービス経済化の進展を、モノとその生産技術の革新の結果としてとらえる、新しい視点にたどり着くことができるのである。

前半の引用はなくてもいいのですが、今後の議論のためにあえて引用しています。彼の議論は、国家の公の定義であるサービス業について、その統計データをもとにした彼の言うサービス経済化の動向を分析するための議論ですので、例示を含めて少々古臭い内容ですが、今回の私の論の本質を突いています。

つまり、ハードセクターとソフトセクターの境界線は情報技術とは直列的には相関せず、情報技術と言う多層的な産業技術間の相互の干渉すなわちウェイトがどこにあるかこそ、セクターを分ける尺度として採用できると言うことです。なんだかわかりずらい表現になってしまいましたが、要は以下の定義を採用すると言うことです。

■ソフトセクターとはモノの「機能」を主たる目的として売買する事業を指す
■ハードセクターとはモノを売買する事業を指す

次回以降この定義に基づいて、議論します。 KAI
ソフトセクターとは

え?

ますますわからんって?

いいのであります。「内省」とはこう言うものなんであります。

とは言えあきらかに、タイトルの「アプリケーション価値の時代を生きる」のご説明が欠落。と言うことで、こちらは次回と言うことで。 KAI