いきなり、1日で1カ月分のアクセスが集中したのであります。きっかけはこれ。
最初はGoogleからだけかとおもったら、なんとWikipediaにリンクがはってありました。恐れ入りましたであります。「小澤の不等式」。数学者の小澤正直・名古屋大学教授が2003年に提唱した,ハイゼンベルクの不確定性原理を修正する式です。小澤教授は30年近くにわたって「ハイゼンベルクの不確定性原理を破る測定は可能」と主張し続けてきましたが,このたびついに,ウィーン工科大学の長谷川祐司准教授のグループによる実験で実証されました。15日(英国時間)付のNature Physics電子版に掲載されます。
(ハイゼンベルクの不確定性原理を破った! 小澤の不等式を実験実証)
それにしても、昨年から続くこの流れは、いったいなにを示しているのでありましょうか。
おまけに、このお話も忘れるわけにはいきません。
こういった研究や発見の「ラッシュ」が、近年のコンピュータや観測装置といった急速に発展する技術に支えられているのは間違いないのでありますが、これとはまったく別の理由があるのであります。宇宙が3次元で誕生する様子を高エネルギー加速器研究機構と静岡大などの研究チームがシミュレーションで再現することに成功した。宇宙空間を「9次元」と考える最先端理論を使って、現実の3次元の世界が生まれる瞬間を初めてとらえた。宇宙論の発展につながる成果で、米物理学会誌電子版に来年1月4日に掲載される。
研究チームは、物質を構成する最小単位の素粒子は丸い粒ではなく、ひも状のものだと考える「超ひも理論」に基づき、約137億年前の宇宙誕生の様子を数値計算した。
超ひも理論はノーベル賞受賞者の南部陽一郎氏らが約40年前に提唱した「ひも理論」を発展させたもので、物質や宇宙の根源的な謎を説明する理論として広く支持されている。しかし超ひも理論は宇宙を「9次元の空間と時間」で定義しており、現実の3次元の空間とどう結びつけるかが長年の課題だった。
研究チームは、時間の経過に伴い宇宙空間がどう変化するかを探る新手法を開発し、スーパーコンピューターで解析。その結果、初期は非常に小さい9次元の空間だったが、あるとき3つの方向だけが自然に急拡大し、膨張し始めることを発見した。これが3次元の宇宙誕生の瞬間という。
残る6次元は現在も小さい状態のままで収まっており、人間は感じることさえできない。同機構の西村淳准教授は「超ひも理論を現実の空間と結びつけられたことで、宇宙の始まりから終わりまでの理解に弾みがつく」と話している。
(3次元の宇宙誕生を再現 高エネ研などが成功)
それは、今の今活躍する物理学者や数学者において、彼らの世代の大半が「超ひも理論」を理解するための「レディネス」と言う発達段階に達したと言うことではないかと、KAIは考えているのであります。
相対性理論なり量子力学なりといった新しい「概念」が誕生するとき、最初からこの「概念」の意味を正しく理解できるのは、きわめて限られたごく少数の人間であるのであります。
たとえば、さきほどの「小澤の不等式」に出てくる「ハイゼンベルクの不確定性原理」にしても、これを提唱した当の本人であるハイゼンベルクでさえこの原理の意味を正しくは理解していなかったのであります。
いまではごくごく普通の一般人でさえ「量子」なんて言葉を平気で口にしますが、100年前、「量子」なるものを「理解」することは、物理学の研究者でさえ困難を極めたと言うことを、このお話は示しているのであります。しかし、ここで不確定性原理の解釈を巡ってブレが生じます。
ハイゼンベルクは、不正確さの関係式を導く際に、電子にガンマ線を照射して測定を行うという思考実験を取り上げました。この思考実験によると、電子の位置を測定しようとしても、ガンマ線に拡がりがあるために誤差が避けられないし、測定精度を上げようとしてガンマ線の波長を短くすると、大きな運動量を持つ光子が電子を散乱するために、今度は運動量に擾乱が生じてしまいます。この誤差Δq と擾乱Δp の間に ΔqΔp〜h という関係式が成り立つというのがハイゼンベルクの主張でした。ところが、論文の出版前に原稿を読んだボーアは、この解釈に疑義を呈しました。ハイゼンベルクの解釈は、人間の測定操作が状態を変えてしまうために正確な値が知り得ないというものなので、人間にはわからなくても粒子の位置と運動量そのものは正確に定まっていると考えることも可能です。これに対して、ボーアは、電子は波動性を持っているために、測定をするかどうかにかかわらず、位置と運動量は原理的に確定していないと喝破したのでした。物理学的に正当な不確定性原理の解釈は、ボーアの議論に基づくものです。
ハイゼンベルクは、それまで「電子は波動関数で表される波である」とするシュレディンガーの説を論破すべく立論を重ねていたので、電子の波動性を強調する立場には納得がいかなかったようです。出版された論文には末尾にボーアの異論が付記されたものの、1930年に著された非専門家向けの『量子論の物理的基礎(THE PHYSICAL PRINCIPLES OF THE QUANTUM THEORY)』では、再びガンマ線の思考実験に基づく不正確さの説明を持ち出しています。ハイゼンベルク本人がなかなか自分の解釈を改めようとしなかった結果、不確定性原理に関して、専門書にはケナードやロバートソン流の数学的に厳密な導出法が記される一方で、入門書や啓蒙書には誤差と擾乱に基づくハイゼンベルク流の杜撰な議論がまかり通るというブレが生まれたのです。
こうしたブレがその後半世紀以上も続いたのには、いくつか理由があります。測定における誤差や擾乱は、標準偏差と比べて明確に定義することが難しく、これらの関係式を求めるのはかなり面倒な作業になります。20世紀半ば過ぎまで不正確さの量子論的な限界に迫るような実験はほとんど行われていなかったので、労多くして功少ない課題に取り組もうとする人はなかなか現れませんでした。多くの物理学者は、さしたる根拠のないまま、測定誤差は標準偏差と同程度以上だと漠然と思っていたようです(小澤の議論を知るまで私もそうでした)。ところが、1980年代に入ると、レーザー光の同期や重力波の検出などに際して、量子限界が超えられるかどうかが現実的な問題として浮上してきました。ここで、誤差と擾乱に関する小澤の不等式が登場することになった訳です。
(科学と技術の諸相、吉田伸夫)
しかし、いま、では「量子」って何?
と、あらためてこう訊かれても、なかなかうまく説明できない。
説明できないけれども、なんとなくわかった気でいるのであります。これが研究者であれば、一般人にも簡単に説明でき、研究の道具として理論を直観的に駆使できるようになったと言うのが、100年後のいまであります。
そして「超ひも理論」であります。
この理論は、このブログでも取り上げた2008年ノーベル物理学賞受賞の南部陽一郎の、1960年代に思いついたアイデアをもとに、現在まで半世紀にわたって大きく発展を遂げてきたものであります。
この「ひも」と言う概念が直観的にわかりやすいこともあって一見とっつきやすそうでいて、いざ取り組み始めると、たちまち10次元、11次元といったトポロジー空間のお話になって、ではこれを数理的にどう処理すればいいか、皆目見当がつかない、そう言うとんでもない「理論」であったのであります。
それがいまでは、若い研究者の間で、苦も無く数理計算ができるようになったと言うのが、さきほどの3次元宇宙誕生のシミュレーションの研究と言うわけであります。
もちろん、「苦も無く」なんて書いてはいますが、そんななまやさしいものではありません。なまやさしいものではないけれど、近年のコンピュータグラフィックスの進化のおかげか、高次元のトポロジー空間の挙動を直観的に理解することが、きわめて容易になっているのも事実であります。KEK理論系グループでは、その後も行列模型に基づく超弦理論の非摂動的研究が脈々と続けられており、国内外から多くのポスドクやビジターが集まって来ます。最近は特に、非可換幾何に関する研究や、数値シミュレーションや解析的な手法を用いた行列模型のダイナミクスの研究が精力的に行われております。例えば、IKKT模型においては時空が行列の固有値分布として力学的な対象として取り扱われておりますが、そのような量を調べる事により、10次元の時空で定式化されたタイプIIB超弦理論から、我々の住む4次元の時空が力学的に生成する可能性が明らかにされつつあります。
(行列模型による超弦理論の非摂動的研究、高エネルギー加速器研究機構)
この、目的とする問題を「直観的」に理解することの重要性は、いまさらご説明するまでもないのであります。
ものごとを「直観的」に理解することで、その意味が理解できるようになるのであります。それによって、より複雑な問題を理解することができるようになっていく。この繰り返しこそ、「知」の探求であります。長くなりましたので、本日はここまで。 KAI
よし@リーダシップ
ものごとを「直観的」に理解することで、その意味が理解できるようになる…本当にそうですね。納得です。