考え続けることの大切さについて(3)

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さて、「心と言葉」であります。

この両者は密接に絡んでいるのでありますが、KAIにとって子どものころからの永遠のテーマであるのであります。

まず、心とは何か。

子ども時代あれこれ考えた結果の結論は、心とはモノの世界を写す鏡である、と言うことでありました。ですから、心を理解するためには、あいまいな心理学ではなく物理学の研究こそ近道であると考え、物理への道を歩み始めたのであります。ただそれが大学の教養課程レベルのあまりの低さにあえなく頓挫。

ほどなくして、この方向がコンピュータソフトウェアと言う言語、すなわち「言葉」へと向かうことになるのでありますが、こちらは後半のお話。

以来幾歳月。

心が何であるか明確にわかるようになったのは、いまから6年前ウチダ先生のブログを読んだのがきっかけであります。

誰にでもわかるけれど、人間の潜在能力の最大のものは「予知」である。どのような強健俊敏なる身体能力の持ち主も、「予知」能力のある人間の前では無力だからである。
(中略)

「予知」というのは、別に特殊な能力ではない。
ある意味では誰でも備わっている。
というのは、予知能力というのはほんとうは「これから起こること」を予見するのではなく、何かを「これから起こす」遠隔操作力のことだからである。
多田塾合宿から帰る

この記事を取り上げたKAIのエントリーが、これ。

予知能力

ウチダ先生の文章をお読みいただければお分かりのように、武道のお話。しかし、KAIはこれを読んで、霧が晴れるように心の問題が一挙に解決したのであります。

あたかもこれは、シュレディンガー方程式を目の前にして、これをどうやって数値計算すれば解けるのか、その万能のオペレーショナルな方法がわかったようなものであります。(かえってわからんってか^^;)

ご説明しましょう。

人の心はともかく、自分の心とはどうなっているのか。これを考えるとき、私たちはついついこれを「主観的」ではなく「客観的」に捉えようとするのでありますが、この「客観性」がくせものだったのであります。

「客観性」を担保するものなど、どこにもないのであります。これがあるかのように議論するからおかしくなるのであります。

ではどうすればいいのか。

心とは、すべてこれは「内なる」ものとし、すべてここから始まるとするのであります。

例えば、太陽。朝日が昇り、日中の強い陽射しから、夕日に沈んでいく。

確かにこれは「客観的」事実かもしれないけれど、これを理解し認識しているのは、自分の心の中でしかない。

あらゆる目前の事象は、実は自分の心の中の世界なんであります。(ここまでは子ども時代のモノを写す鏡と同じ)

であるならば、心を理解しようと思うなら、今一度この自分の心の中に入りなおして、心の世界を眺める必要があるのではないかと、そう言うことなんであります。(これを内省と言います)

そこで問題となるのが、自分の心の中の大きさであります。

この一番大きいものが「大気」であり、自分の大きさが「気分」となるのであります。

「大気」は、これまでの話と一見矛盾するかのようにみえますが、私たち人間を含むすべての生物、すべての生命、さらには地球から宇宙まであらゆるものを覆い尽くすものであり、たったひとつのものであります。

私たちの心は、この「大気」の中にあって、この一部を「気分」として共有していると考えるわけであります。

一人一人の心の中は、一見他人からは窺い知ることのできない閉じた世界としての心の作用があると、そう言うふうについつい思ってしまうのでありますが、そうではなく「大気」と言う大きな流れが、一人ひとりの心に作用していると、こう考えればいいと言うことであります。

ここで、もっとも重要なことは、「大気」も「気分」も、時間軸上の拡がりを持つと言うことであります。もちろん過去に向けて拡がっているだけではなく、未来へも過去と同様に拡がっているのであります。ただこれは単に言葉の上で過去と未来と呼んでいるだけで実際は地平線のような一様な拡がりにすぎないのであります。

そして、この時間軸をコントロールしようとするのが、ウチダ先生の「予知能力」であり、「遠隔操作力」であります。

と言うことで、以下長くなりますので、ポイントだけ。

  • 私たちは、「大気」の流れと言う時間軸上に身を置くことによって、これから起きることを身体で知ることができるけれど、これは決して「受動的」な知覚でもなんでもなく、自分の心の中の「思い」と言う身体を「能動的」に「大気」の流れの中に置くことであって、まさに未来を「遠隔操作」することになると言うこと。
  • これが心の問題を解く「万能のオペレーショナルな方法」となる。
  • 次なるテーマは、「言葉」。ポイントは、この言葉の「予知」の問題。
  • 私たちが発する言葉は、すでにそれを声に出す以前に私たちは「知っている」。例えば事前の原稿のないスピーチ。これが私たちの口から次々と言葉が出てくるのは、なぜなのか。
考え続けるのであります。 KAI