日本のケータイはどこへ向かうのか?

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日本のケータイの進化が、進化の迷路にはまったことは間違いない。

一体この先、ケータイに何を期待すればいいか。これがまるで不透明であることに驚かされます。日本のケータイはどこへ向かうのか?と題するITProの記事を読みながら、つくづく日本のケータイは終わったと。

このように考えると携帯電話を利用したビジネスは,まだまだ大きな可能性が残されていることに気が付かされる。インターネットの世界では,ユーザーの行動履歴をつかんだ米グーグルや米アマゾンといったプレーヤーの優位は揺るがない。携帯電話の世界では,インターネットの世界と同様の行動履歴に加えて,現実の世界とリンクできる位置情報も扱える。今後,携帯電話からインターネットへアクセスするユーザーがますます増えることを考えると,大きな宝の山がそこにあることが分かるだろう。

こう書かれてはいるけれど、これはiPhoneのようなプラットフォームが準備されていてこそのお話であって、ケータイと言うハードウェア単体の仕掛けでは決して実現することのできない種類のアプリケーション、すなわちソフトウェアの世界であることにこの記者は気づいていません。

ではケータイが消えてなくなるのかといえば、そうではありません。「ハードウェア」としてのケータイの進化はここしばらくは続きます。しかしそれは、おさいふケータイといった単機能目的のハードウェアであって、あらたな機能目的に開発されこれが使用されることは明らかになくなります。

すなわち人々がケータイに求めるのは、夢ではなく、単なる日常と化することを意味しています。

単なる便利な道具となったケータイに、いくら魅力的なアプリケーションやコンテンツを供給しても、誰も夢を抱くことがなくなるのであれば、これはすなわち無価値の烙印しか残されていません。

これからの社会は、ソフトウェアにこそ価値があることを、ケータイ事業者は思い知るべきです。

唯一生き残るケータイが、「ソフト」バンク、であることは単なる偶然ではないのです。 KAI