クロックと言う時間の単位がある。コンピューターの場合、1クロックは1秒の何億分の1になりますが、この1クロックごとにコンピュータは一番小さな「計算」をするわけです。ですからコンピュータは、1秒間に何億回の「計算」ができることになります。
ひるがえって人間にとって、このクロックとは何かを考えると、このことをテーマに随分長い間思考を重ねてきましたが、どうも結論は人間にとってクロックとは「日」であると言うことです。
コンピュータとしての人間は、毎日毎日、1日1回一番小さな「計算」を繰り返している。そう言う結論です。
この人間が行う「計算」とは何か。例えば、あるプロジェクトの受注交渉を考えてみましょう。受注担当者は毎日毎日顧客との交渉に明け暮れます。受注のための条件が顧客から次々と提示され、これに応えるドキュメントを提出し、競合先との優位性を主張します。実はこの毎日の交渉が、前述の「計算」に相当するのです。
1日の間に何度も顧客との間の「交渉」があったとしても、その日の交渉の成果は一つです。一旦職場を離れてベッドで眠りにつけば、その日の「計算」は終わります。
つまり人間は、毎日毎日、この「計算」を繰り返すことで、プロジェクトの受注と言う、膨大な「計算」の答えを得ることができるわけです。そうすると例えばこういったプロジェクトなら受注にどれだけの「時間」がかかり、プロジェクトの完成にこれこれの「時間」を要するか、毎日単位の「計算」回数からある意味簡単に予想することができるのではないかと考えるのです。
このことは実は建築などの工事現場では当たり前のことで、来年いついつの竣工ですと言うのも、この計算ができるからのことに他なりません。これが将棋や囲碁の世界で言えば、1手1手が1クロックに相当し、将棋なら100手前後で決着するように、人間将棋なら決着までに100日かかると言うことになります。
これが標題の「時間はなぜ必要か」の答えになります。Google検索のようにすぐ答えが得られる社会になって、目一杯「間」が省略されるようになり一見この時間が不要になったかの錯覚を覚えますが、決してそのプロジェクトの完成に必要な「計算」回数が少なくて済むようになったわけではないと言うことです。
今の社会、特にビジネスの世界では「スピード」が強調され、とにかく「時間」をかけないことが善と教えられます。しかし話は全く逆で、「時間」こそプロジェクトの完成には必要不可欠であり、この「時間」を確保するノウハウこそプロジェクトを成功に導く要諦であるのです。
つまり、これが1日一つのプロジェクトだけでは、「時間」はこのプロジェクトにしか割り当てることが出来ませんから、すべてのプロジェクトに満遍なく「時間」を割り当てるには、1日同時並行的に複数のプロジェクトを推進する以外には方法はありません。
このノウハウが問題なわけです。(この項つづく) KAI
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