技術は人なり

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若いソフトウェア技術者に自分たちの仕事が誇りある仕事であることを実感してもらう、唯一の方法は、人月モデルからの脱却以外にはありません。

なぜなら人月モデルとは、労働提供型モデルであり、労働の質ではなくその量を取引の単位とするモデルであるからです。

質に関係なく量の問題とした瞬間、それは「技術者」ではなく「労働者」にすぎない存在となり、これでは仕事に誇りを持てようはずはありません。

技術は人なり 丹羽保次郎

 日本初のファクシミリの開発者で、東京電機大学初代学長の著書「若き技術者に贈る」から。立派な技術には立派な人を要するという考え方から出た言葉。同大学の教育理念にもなっている。
(産経新聞、きょうの言葉、2007/9/27、p.3)

この意味が本当に理解できている、ソフトウェア会社の経営者は、日本には残念ながら皆無です。もちろん多少理解している経営者はいるにはいます。しかし残念ながら、これを一貫して経営の現場における実践にまで至っているとは決していえるレベルにはありません。

人は自らを正当に評価されて初めて、自らの存在に自信を持つことができます。

技術者にとって、良き技術と評価されて初めて、良き技術者足りうるのだと、当然自覚しているのです。しかし、人月モデルの世界には、もとより原理的に良き技術であることの評価のためのシステムなぞ最初から存在してはいないのです。

こんな中で働く若い技術者に、このきょうの言葉を贈ります。

自らの不遇を経営者のせいにしないでください。くやしいけれど。

できうるならば、将来自らが経営者となって、この不遇をバネに後に続く技術者が、彼らの良き技術が正当に評価される仕組みを、ぜひとも構築していただきたい。

人月モデルは必要悪、と言う経営者たちに引導を渡すためにも、今の若い技術者たちにこの人月問題の本質が何であるかを理解していただくことが、遠回りかもしれないけれど当座やるべきことであることがやっと理解できました。 KAI