梅田さんの虚業という言葉についてを読んで、あらためて虚業について考えてみようとググって見たら、何やら福沢諭吉がからんでいるような話が。そこで諭吉もキーワードに加えて行き当たったのが、以下の書籍福翁自伝新装版(慶應義塾大学出版会、福沢 諭吉 (著)、富田 正文、2000/12)の書評でした。少々長いですが引用します。
とやかく言うまでもなく、本邦自伝文学のぴか一ともされる作。福沢諭吉64歳の明治31(1898)年に脱稿し、翌32年に出版された。早速、どしどし版を重ねたという。
維新の志士たちに比べるなら、福沢の生涯はそれほどに波乱万丈であったとも思えない。大阪や九州の中津での少年時代はいささか学問ができ、いささか生意気でイタズラ好きな子どもにすぎなかった。緒方洪庵の適塾での修業時代は大酒で羽目をはずしたり、むちゃくちゃに勉強したりの日々であったが、そうした若者は別段めずらしくなかっただろう。維新のただなかでも徹底したリアリストとしてふるまい、みずから危険に身をさらすことはなかった。
それでいながら、自伝での語り口の激しくも精彩に富むこと。実にたくましく力感にあふれていること。山あり谷あり丘あり坂あり野原ありのドラマチックなうねりに満ちみちていること。ある座談会で安岡章太郎が語っているところによれば、安岡はこの自伝の中で志を抱いて大阪に旅立った諭吉が、途中の茶屋で、タケノコで酒を飲んで勇気を出す個所が好きだという。
「如何にも筍で酒飲むというのも、また福沢的なんだな(笑)。恐らく孟宗竹の、こんな太いやつを、部厚いのを、丈夫な歯でね、バリバリ食いながら酒を飲んでね(略)、それで勇気百倍してまた歩き出すというのね。ああいうところがとっても、躍如たるもんなんだな」
(日刊ゲンダイ書評)
筆者が竹の子太郎であることは以前書きましたが、なんと諭吉さんもタケノコ太郎だったようです。しかも「タケノコで酒を飲んで勇気を出す」なんて筆者のタケノコがエネルギー源であるのと同じではありませんか。
そう言えばあと1ヶ月ほどで実家の母親から、タケノコの薄味の煮込みが送られてきます。これで焼酎の中々をロックで飲むと、もう他のつまみなんていりません。タケノコのあの姿勢がごときまっすぐな味と、中々のあの素直な味が見事にハーモニーして、すでに筆者の身体はハープ状態です。
それにしてもタケノコパワーの秘密とは。これは、まっすぐとスピードです。そのまっすぐとは原色のことではなく、素朴さのまっすぐです。タケノコが一生懸命一気に伸びる様のことです。そのパワーのエキスが、あのやわらかいタケノコの中に詰まっているのは、考えてみれば当然のことです。
と言うことであと五日^^; KAI
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