ものをつくる喜びは使ってもらう喜び

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このところものづくり魂にもとる出来事が相次いでいますが、筆者にすれば信じられない思いで一杯です。

技術者にとってものをつくる喜びは、他の何事にも代え難いものです。しかしそれ以上の喜びがあります。それは、苦労をしてつくったものを使ってもらう喜びです。車であれば、快適な乗り心地を、マンションであれば、快適な住み心地を、お客様に感じてもらえることこそ、技術者にとって至上の喜びであります。料理人が、つくった料理を目の前でウマイウマイと言って食べてもらえる、これこそが料理人にとってもっともやりがいを感じるときであることと一緒です。

ところが今、技術が高度化すればするだけ、このお客様の「顔」が見えないところで、ものづくりを強いられる傾向が強くなっています。ソフトウェア開発の現場では頓にその傾向にあります。

そこで私たちは、以前のエントリーに書いたとおり常にエンドユーザーを相手に仕事することを一貫して行ってきました。もちろん技術者とエンドユーザーの間に営業が入ることはありますが、営業はあくまで窓口であって、すべての対応は技術者が直接行います。その上、これも以前のエントリーのプログラマと言う職業のすばらしさの中で書いたとおり、技術者と言っても私たちはプログラマが直接エンドユーザーと話をして作業を進めていきます。

このやり方に対してすぐ出てくる言い訳が、大規模開発ではそれは無理だ、と言うものです。しかし私たちのシステムも200万ステップと言う大規模です。確かにハードウェアの世界では上下の分業化は避けられませんが、ソフトウェアは逆にこの上下の分業化は不要であるし、害悪さえあります。なぜ不要であり害悪かと言えば、これも「ソフトウェアの上流、下流論の本質」で述べたとおり、つまり、ソフトウェアには上流と言う概念しかなく、下流と言う概念は実は、上流概念の詳細化に過ぎないからです。上流概念しかないものを上下に分けたために、下流におかれたプログラマから、お客様の「顔」が見えなくなっているのです。

このお客様の「顔」を見ながらソフトウェアを開発していくための技術が、先日のオンライブテクノロジーであると言うのは言うまでもありません。 KAI