ソフトセクターとは

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夏休み中に、CNETに渡辺聡さんが刺激的なエントリーをいくつか書いています。

夏休み明けと言うことで今回は、その中の「持たずに押さえる:ハイテク/インターネットセクターの競争戦略試論」の内容について。

バブル崩壊前までのソフトウェア市場での競争力はアプリケーションの完成度に基本的には依存した。もちろん、マーケティングの巧拙やアーキテクチャーの転換期に上手く次の製品を出せたかなどポイントポイントの差はあるが、さっさとロックインしてしまったOSなどを除くと、RDB、ERPなど機能の高度化を目指して競合が切磋琢磨していた。ハードアセットと対比するなら、「ソフトアセット」の品質が競争力の根幹にあったわけである。人に投資し、アプリケーションに集積していくことが企業の基本方針となる。

ところが、上記の通り、ソフトセクターは転換期に入ってしまっている。オープン化、標準化の動きとも合わせて考えると、ある日出てきた品質の良いアプリが世の中を席巻し、次々と高収益企業が出来上がるという話はリアリティを感じられなくなってきた。これからは無形資産、インタンジブル・アセットの時代だとの話を数年前から良く耳にするようになったが、リストの中からアプリケーションそのものは落ちつつある、もしくは事業デザインの一部に一体化した形で組み込まれつつあるのだろう。出来の良いアプリといえども単体では資産価値を持たなくなりつつあり、競争力維持の投資対象としての位置づけは変わってきている。
(中略)
7時間の話を早足で圧縮したが、要するにピザーラはコモデティ要素の上に成り立っている収益体と言える。素材購買、流通などのサプライチェーンを持ち、実際の生産工程もあることからソフト産業とまったく同一という訳にはもちろん行かないが、どこをどう押さえていることがキーとなっているかにヒントは見つけられることだろう。その他幾つかの事例をケースとして浮かびあがってきた方向性としては「”持たない”が”押さえる”」というのが一つキーワードとなるのではなかろうかという話だった。

こうしたアナロジーによる分析では見えてこないのがソフトセクターの特徴ではないかと日頃から考えています。

むしろこの議論の根本の問題は、ハードセクターとソフトセクターの境界線を、どう言う尺度でどこに引くかこそ議論の本質ではないでしょうか。更に話しを続ければ、ハードセクターにおけるハードアセットの意味は昔も今も大きく変わってはいないし、ソフトセクターのソフトアセットの意味も同様であって、指摘されるような『ソフトセクターは転換期に入ってしまっている』と言うのは実はそれぞれのアセットの価値の変動ではなく事業のセクターの転換であるととらえるべきだと言う立場です。

私の定義と尺度でもって分類すれば、ピザーラはハードセクターであってソフトセクターではありません。OSも、昔はソフトセクターでしたが今ではハードセクターです。

これを、「サービス化経済入門」(中公新書、佐和隆光編、1990、p.16-19)の記述の中から長いですが引用して説明します。

情報産業がサービスを変える

 情報化には「産業の情報化」と「情報の産業化」という両面がある。「産業の情報化」とは、たとえばコンピュータを導入して、企業の事務管理や在庫管理の効率化を図ることである。卸小売業におけるPOS(販売時点情報管理)システムなどが、その代表例として挙げられる。一方、そうした「産業の情報化」にともない、ソフトウェア開発業務、受託計算業務、情報提供サービスなどの情報関連サービス業が、著しい伸びを示している。これが「情報の産業化」といわれる側面である(図1.1)。
 こうした二重の意味での情報化が進めば、低コスト・良質のサービスに対する企業の旺盛な需要が、対事業所サービス業を活性化するのみならず、サービス消費のあり方そのものに本質的な変容を迫るという側面もまた見逃せない。
 財と比較してサービスは、(1)非貯蓄性、(2)無形性、(3)一過性、(4)非可逆性などの基本特性をもっている。サービスを完成品として在庫したり輸送することはできない。したがって消費者がサービスを享受するとき、同時的に提供されなければならない。確かに、在来型のサービスの市場には、時間的かつ空間的に一定の仕切りが設けられているため、サービスの供給者と需要者はきわめて狭い範囲内でしか出会うチャンスがなかった。いわゆる「なじみ関係」にほかならない。行きつけの理髪店が決まっていたり、かかりつけのお医者さんに世話になるというのが、その典型例である。
 ところが情報関連サービスの進展にともない、「サービス」の予約ということが可能になった。サービスの供給者がサービス提供の場所、時間、料金、サービスの質などについての情報を予め登録しておく。需要者のほうは、登録されている多様なメニューのなかから、自分の要求にかなったサービスを探索する。ちょうど小売店で必要な商品を買うようなものである。映画や音楽会のチケット販売システム、電車の指定券販売オンラインシステムなどとして、私たちの身の回りにその例は多い。
 吉川弘之東大教授は、情報によって受け手に間接的効果を引き起こすものをメッセージ型サービス、直接的効果を引き起こすものをマッサージ型サービスとして、サービス業を二分類することを提唱されている。情報産業と呼ばれるものの多くは、メッセージ型サービス業である。メッセージ型サービスの分野では、コンピュータを中心とする情報処理装置、入出力機器、通信網などの情報伝達装置、人工知能ソフトウェアなど、先端技術の導入がきわめて盛んである。
 サービスの予約システムの導入によって、トラベル・エージェンシーやプレイガイドなど、サービスの予約を斡旋するビジネスが繁盛し、場所と時間の制約を越えてサービス市場が発展し、より一層の競争が鼓舞されるであろう。このことが適正な価格水準の維持に貢献するものと期待される。
サービスとモノの関係

 サービス産業の進展とモノの関係について、最後に一言触れておくことにしよう。
 サービスとは、モノの「機能」をフローとして市場で取引する営みにほかならない。いいかえれば、モノ自体ではなく、モノの持つ「機能」を売買の対象とするのがサービス業なのである。耐久消費財というモノは、それ自体、売買の対象とされるのが普通である。しかし物品リース業は、耐久消費財の「機能」を取引の対象としており、その営みはサービス業に分類される。そのほか、タクシーや宅配便を、「輸送」という自動車の「機能」を売るサービス業とみなすことができる。
 逆にいえば、ほとんどのサービス業は、なんらかのモノのサポートがなければ成り立ちえない。また、物財の「機能」の向上や多様化を通じて、サービスの外部化や多様化がもたらされる。結局、モノの「機能」を向上させ多様化させる技術革新が、経済のサービス化を推し進める動因にほかならないのである。
 さらにいえば、モノに埋め込まれ使用時に発現する「機能」の売買が、モノの売買の本質である、というふうにみることができる。たとえば、テレビ受像器というモノを買うのは、テレビというモノ自体を買うというよりは、テレビが受像する映像メッセージを買うというふうに考えるほうが、消費者の行動の本質をより的確にとらえている。つまりいつの時代においても「サービス」は産業の究極の目的であって、サービス提供の媒体としてのモノが時代とともに移り変わってきたにすぎない。
 このようにモノとサービスが表裏一体の関係にあることに着目することにより、サービス経済化の進展を、モノとその生産技術の革新の結果としてとらえる、新しい視点にたどり着くことができるのである。

前半の引用はなくてもいいのですが、今後の議論のためにあえて引用しています。彼の議論は、国家の公の定義であるサービス業について、その統計データをもとにした彼の言うサービス経済化の動向を分析するための議論ですので、例示を含めて少々古臭い内容ですが、今回の私の論の本質を突いています。

つまり、ハードセクターとソフトセクターの境界線は情報技術とは直列的には相関せず、情報技術と言う多層的な産業技術間の相互の干渉すなわちウェイトがどこにあるかこそ、セクターを分ける尺度として採用できると言うことです。なんだかわかりずらい表現になってしまいましたが、要は以下の定義を採用すると言うことです。

■ソフトセクターとはモノの「機能」を主たる目的として売買する事業を指す
■ハードセクターとはモノを売買する事業を指す

次回以降この定義に基づいて、議論します。 KAI