CNETの、SFCの松村太郎さんのBlog授業はネットが繋がるお好きなところでが最高です。
先週の記事で、SFCの遠隔授業について触れ、キャンパスの存在の見直しをすべきとの意見を紹介した。この記事を読んだ小檜山賢二教授と話が盛り上がり、僕がアシスタントをしている授業でも遠隔授業をすることになった。その授業は6月29日の情報通信文化論で決行された。
遠隔授業と言っても、先生の話を中継するものではない。いつも授業をしている教室を閉鎖して、学生には「インターネットが繋がると言う条件を満たす好きな場所から受講して下さい」とのお知らせを出しておいた。つまり学生も授業スタッフも散り散りになって90分の時間だけをシェアする形になる。もちろんこれだけでは授業の成立を想像するのは難しい。教室の代わりにすべく、Blogで構築されている情報通信文化論の授業サイトを活用する方式をとった。
昨日のエントリーネット社会をよりリアリティのあるものにの中の、ネット社会をよりリアリティにする実証実験が実際に行われているではありませんか。しかも、ネットでの授業を「可視化」するために選ばれたツールが何とBlog。
今回は「ユビキタスとは何か」というテーマで90分の授業中に3回の課題を出した。1回目は自分の考えをそのまま書く、2回目は提出された他の学生の意見を読んでトラックバックを送りながら考えを深める、3回目は今までの自分のエントリーを元にしてユビキタス社会像について、もしくはユビキタスへのアイディアを書くと言う内容。30分間隔と短時間で考えをまとめて書くため、反射的に情報に反応する必要が出てくる。授業に参加した学生の一人は「リラックスしていたつもりが、いつも以上に忙しくて大変だった」と言っていた。今までの100人の学生が参加している大きな教室内では、同時に発言している学生は1人だった。1人5分で発言を済ませたしたとしても、90分の授業では18人からしか意見を聞く事ができない。発言していない学生の多くはあまりキチンと意見を聞いていなかったり、自分が考えるきっかけになっていなかったのかも知れない。特にSFCでは自分のノートパソコンを広げて、教室の授業に参加していても、メッセンジャーでのチャットや電子メール書きに気を取られていて、意識が教室内にあるとは限らないからだ。
しかし今回の遠隔授業では、授業のウェブサイトに30分に1回、130人の履修学生からのトラックバックが押し寄せてきた。全員が90分に3回は発言している事になり、90分で18人の意見しか共有できない状態に比べると効率的といえる。意見の数以上に、授業へのコミットの度合いは変わっているかもしれない。
普段は体が教室内にあっても心ここにあらずで参加していた学生が、今回は全く逆で、体は教室内になく意識で授業に参加している状態になっていたのではないか。前にも述べた通り極端すぎる例ではあるが、履修者が沢山集まりすぎていて、大教室での議論型の授業運営を強いられて難儀していたスタッフとしてみれば、一つのソリューションとして有効かも知れない。これからインタビューなどをしながら詳しく調べて見たいと思う。
今までのリアル社会での授業風景を擬似的にBlog化して見れば、今回の試みがいかに示唆的で興味深い内容であるかが分かります。
リアルの授業には教授が作成したBlogが一つしかありません。ですからトラックバックは存在せず、コメントのみで行われる授業になると言うことです。しかもコメントは教授から指示されるか学生が質問するかいずれにせよ直列にしか進行しません。もちろん講義録をとらない限り、公の記録は残りません。意識が教室外にある学生はもちろん、発言しない学生の頭の中の把握など全く不可能です。
しかし、今回のSFCでの試みは、131のBlogが並列的に進行します。130人の学生はそれぞれのBlogに目を通すことで互いに刺激しあい、自分の考え方に影響を受けながら、概念形成と思考訓練という授業の目的に邁進します。それもBlogと言う目に見える形で、すべての学生の頭の中が、まるで一堂に会するがごとく見通せるのです。これこそリアル以上にリアルと言えるのではないでしょうか。
Blogに、ネットの授業用の最適化機能を追加すれば、これはもう立派な、ネット社会のラーニングシステムです。
今回の事例は、「視覚化」とは何かを考える非常に良いヒントになります。遠い未来から見れば原始的と言われるような仕掛けでも「視覚化」は可能です。「視覚化」によってネット社会をよりリアリティある世界に変えていくと言う仕事は、以前のエントリーCEOは大変(続々)の中で取り上げたジム・コリンズの文章の中の
「そして、自社が世界一になれる部分、経済的原動力になるもの、情熱をもって取り組めるものという三つの円が重なる部分においてビジネスモデルを構築する。」
に、見事に当てはまるのではないでしょうか。 KAI